回帰線
ホロウ・シカエルボク
歩む側から忘却に放り込まれるような日
空に向かって突き上がる厳しい風を見たような気がして
傷つくはずの雲を探した、長いこと、眼を凝らして
昨日、少しだけ降った雨の後
呑気な冬が重い腰を上げ
縦横無尽な氷が四肢にまとわりつく、瞳が何かあらゆる直視を避けようと画策する日
海の音がした、確かに波の音が
寂れた繁華街に近い公園の側で
驚いて振り返ると
鮮やかな落ち葉が
こぞってどこかに流れていくところだった
波打ち際で遊ぶ子供のように、腹ペコの鳩どもがその中で地面を突いていた
どこかの養護学校の生徒が作ったパンを売りに来る移動販売車の脇を
三本足の痩せた犬がひょこひょこと飛んで行く
そのさまは軽やかだったけれど
進めば進むほど沈んでいくみたいに見えた
ああ、痩せた犬、お前の汚れたその尾には
誰かに見せつけるような誇りがまだあると言うのか
近くの宗教施設がひっきりなしに誰かを呼び出している
そこには祈りは感じられない、てんでシステマティックなただの組織だ
女子高で女子高生が騒いでいる
野良猫でも迷い込んだらしい
可愛い〜、と叫ぶ彼女らに
一抹のずるさを見たような気がして早めに通り過ぎた
コンビニのレジの女はいつも
(この人はどうしてこんなに表情がぎこちないのだろう)とでも言いたそうな目で俺のことを見る
まあ、自分に非があることを否定したりなんかしないさ
それでもやっぱり昼飯は食いたくなるもんだ
この前から少しの間胃の具合が悪かったけど
きっとそれは妙な濡れ衣を着せられたせいなのさ
まったく高給取りがぞろぞろうろついてるくせに
鍵の管理もまともに出来やしないんだから
13のころから通っていた小さな古本屋が潰れた、入っていたビルごと取り壊された
そういう取り決めは誰かの記憶すら込みで奪っていく事を知らないやつが居るんだ
耐震構造なんて別に気にするような事じゃない、本当の天変地異がくれば
俺たちみんな口を開けたままぼんやり死に絶えるさ
死んだらどこへ行こう
死んだらどこへ行こう
思い出の景色の中へ行こう
思い出の景色の中に行って
思い出の路地や
思い出の曲がり角にある
思い出の本屋を探そう
そこにはたくさんの背表紙が並んでいて、そのどれもに俺の名前が書いてある
その背表紙を飽きるまで眺めていよう
どうしても読みたいものがあれば持って出ればいい、誰も咎める事は無い
そこには誰も居ない、そこには死んでしまった俺の意識しかない
その場所に俺以外の誰かが来ることなんてない
思い出の本屋は
思い出と同じ香りがするだろうか
積み上げられた無数の
積み上げられた無数の本の香り
俺は助走をつけて積み上げられた本の中へ真っ直ぐにトペ・スイシーダ、そうすると眼前には必要な景色が広がるんだ、必要な景色、必要な景色――いつかずっと昔に、その景色を見たような気がする、何度か、何度も――俺は首をひねる、だけど断片すら思い出せはしない
空に向かって突き上げられる厳しい風を見たんだ
失うものの数を呆然と数えていたある昼下がりに