ホワイ
ホロウ・シカエルボク




時間の狭間は裂けながら君を飲み込もうとしている、逃れる、逃れないじゃなく
それが運命というものだとしたら君はどうする?古い雑誌を読んでいた―忘れたものを取り戻そうとするみたいに
野良犬が縄張りを主張し、野良猫が誰かの食い物をかすめる、取られたやつは被害者意識が強すぎて
せっかくの注目を悪い印象に変えちまう
水路は澱んでいる、いつの間にか
目に見える流れは失われてしまった―それは添加物に汚れた血液に似ている、それをうたった詩に思えてくる
投げ捨てられた空缶から流れ出た腐ったものが水と同化出来ずに木屑のような肌をこしらえる
太陽はそれを焼き尽くそうとしている
例え天地が一瞬でひっくり返ったとしても何かが落ちてくる事なんか無い、俺たちはとっくにリアリズムからは離れているのだ
ふわふわとまぼろしのように―慣れた暮らしを繰り返すただの残像さ
言葉でどうにか出来るなんて勘違いもいいところだよ
ある人が言ったよ、言葉は絶対なんだって
俺が言葉を信じていないだけなんだって、だけど
俺は言葉が世界を変えたところを見たことが無い
言葉が何かを浄化したなんて場面を
生まれてこのかた目にしたことが無い
だから俺は言葉なんてものに力が在るなんて思いはしない
たいていの言葉は真意すらなく
誰かと誰かの足の間に落ちてゆくのみだ
ねえ君、躍起になって振りかざすような信念なんかじゃない、言葉なんてものは
そんなものに夢中になっている間に当たり前の在りかたを忘れてしまうぜ、事前に塗りつぶした道しか走れない地図なら
持たないほうがずっとマシだと思わないかね
一度汚れたものは元には戻らない、綺麗さなんか求めてもしょうがない―それは見つめているんじゃなくて目をつぶっているようなものだ、夢見がちな夢なら眠り姫と同じってことさ…酔狂と言われたかったわけじゃないが、汚れた川に俺は飛び込んだ、ザブンとね
とんでもない臭いがした、とんでもない臭いがしたぜ…呼吸器官が一瞬にして腐敗したみたいだった
大蛇のように臭いが巻きついて来るんだ、着ている物がなにもかも駄目になった気がした、どんなに洗っても
どんなに洗ってもきっとその臭いは取れないだろうという気がしたんだ
堤防沿いにいた年寄りが悲鳴のような声で早くあがって来いと何度も繰り返した、俺はさらに深いところへと歩を進めた
きっと、自殺志願者みたいに見えたに違いない―それにしてもあの年寄り必死すぎる―人命救助の賞状でももらいたいのか
それなら飛び込んでこなくちゃ、俺みたいに、深くて早いところまで飛び込んでこなくちゃ―俺は振り返り、そいつに向かってもっと大きな声で叫んだ、お前がここへ来いと
年寄りはきょとんとしてそれきり叫ぶのを止めてしまった、きっと
俺が言ったことの半分もやつは理解出来なかっただろう、俺はにやりと笑って見せてまた先へと向かった、次第に歩く事が難しくなってきた―足を取られ―汚れた水の中へ俺は倒れた、汚れた水の中へ
すえたものがたくさん喉の奥へ雪崩れ込んだ、俺はそいつらを出来る限り吐くと、仰向けになって流れるに任せた、河原でさっきの年寄りがポカンとしているのが見えた、見物人がぽつぽつと集まってきていた…きっと俺よりは自分の方が幸せだと思うためにそこに来たのだ
その水は流れていた、確かに確実にその水は流れていた…澱んで、止まっているように見えた川面の下に確かな流れがあった、俺は身体を返して顔をそこに突っ込んだ、そこで見た光景は生き抜くものたちの築いた新しい野性の形だった
うち捨てられた折りたたみ式の自転車の物陰、ワンボックスの小さな冷蔵庫の扉の内側…連綿と続くものたちはその中で生きていた、へ、へへへと俺は水の中で笑った
死なないのだ、死なないのだ、こいつらは死なないのだ…今すぐには、少なくとも今すぐには死ぬ事は無い…仰向けに戻って俺は大笑いした、そいつは嬉しいと言うよりは爽快な出来事だった、毒を食っても生きられるのは俺たちだけじゃないんだ
やつらだって見つめているのだ、進化の理由を、変化の訳を―誰かが俺の腕をつかみ、厳しい声で何かを言った、数人の男が俺の回りに居るようだった、俺は引き上げられ―こっぴどく叱られた―一応タオルは渡してくれたけど
俺は、ほんの少しも身体を拭こうとはしなかった
なぜあんなことをした?と警官のひとりが尋ねた、なぜ?と俺は聞き返した




なぜだろう




自由詩 ホワイ Copyright ホロウ・シカエルボク 2007-12-02 00:16:53
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