今週、妻が東京に行きました
たもつ

妻が平日に東京へ行くことになった。
友だちが故郷の鹿児島から仕事の都合でこちらに来るので会いに行くということだった。
ほぼ十年ぶりの再会だそうだ。
鹿児島から東京に出てきて、僕と結婚し、千葉に引っ越してまで十八年が過ぎた。
故郷とこちらでの生活はほぼ同じくらいの長さになっていた。
その間、親しい友だちもいない慣れない土地で妻はよく頑張った。
愚痴ひとつこぼさず、というとまったくの大嘘になるのだが、
嫁姑問題や身体の問題を抱えながらも、よく耐えて家族を支えてくれていた。
東京ドームの前、という待ち合わせ場所に違和感をおぼえつつも
家のことは気にしなくてもいいから、夜遅くまで楽しんでおいで
と送り出したのは、そんな妻にもたまには気晴らしをして欲しい、という思いと
せめてもの罪滅ぼし、をすることで自分も少し気を楽にしたいというエゴもあった。

夜の十時過ぎに妻が帰ってきた。
お酒で赤らんだご機嫌な顔、を想像していたのだが、浮かない顔で、疲れた、と一言。
妻の説明で何故待ち合わせが東京ドームなのかも合点がいった。
ドームで行われたマルチ商法の大会に連れて行かれたのだった。
朝十一時に待ち合わせをし、午前の部が終了したところで簡単な昼食をとって
午後の部へ。夜の八時まで大会は続き、
会員としてどっぷりそのシステムにつかっている友だちとはほとんど話をすることなく
(もしくは話したとしてもそのシステムのことばかり)、夕食もとることなく
そのまま帰ってきたそうだ。
そのシステムは実によくできている。詳細については割愛するが、違法性を排し、
なおかつ何が何でも会員を勧誘しなければいけない、というプレッシャーを排し、
最近この手の話で新聞紙上を賑わしたL&Gのように短期間に会員が大損をするような仕組みを排し、
しかも会社には確実に収益が入ってくる。
そして、何より彼らには「大義」がある。
会社の収益を慈善事業にあてている、というよりも
慈善事業をするためにこのシステムを確立した、とのことだった。
壇上で熱弁をふるう会社の設立者の言葉に涙する人もいたという。

違法性がない以上、この手の商法は規制ができない。儲けたい人は儲ければいい。
社会貢献がしたい人は大いにすればいい。
けれど、「大義」の名のもとに抹殺されてしまった、無関係な小さな思い、はどうしたら良いのか。
友だちに会うと決まってから、楽しそうに着ていく洋服や子供にわたすプレゼントを選んでいた姿が今になればいじらしい。
商売や仕事の延長上で友達や家族との軋轢が生じることもあるだろう。
けれど、この手の商法は、ほとんどの場合、最初に手をつけていくのはこれらの身近な存在だ。
「人間関係をお金に換えるシステム」と言われ、毛嫌いされる所以はここにある。
誘いを断れば関係は疎遠になるし、誘いにのったところで損をすればなおさらだ。
もういいや、最後に妻はつぶやいた。
この十年間温めてきた友だちとのささやかな思い出も抹殺された。

某詩のサイトのスタッフとして名を連ねている人のHPに堂々とこの手の商法がコンテンツとしてあることに驚いている。
借金を返済しフェラーリやクルーザーも購入することができた、などという成功例も掲載されている。
詩を書く人が清貧である必要などない。
資本主義社会なのだ。儲けたい人は儲ければいい。
しかしながら、この手の商法で儲けるためには、必ず損をする人や人間関係を駄目にされてしまった人がいる。
そんな簡単なことに想像が至らないということが、詩を書くということとどうしてもうまく繋がらないのだ。


散文(批評随筆小説等) 今週、妻が東京に行きました Copyright たもつ 2007-11-29 16:38:13
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