仔犬
藤原有絵
大人になっても手のひらサイズだという
仔犬の栗色の毛を撫で付けながら
この命はいつでも私に掌握されているのだ
と、思う事で
わりと穏やかな生活をおくることができる
上手に泳ぐ事を叩き込まれた世代が
心の芯を冷やしたまま
もっと冷たい未来に向かって潜っていくの
ぼんやりみていて いいだろうかしら
いいだろうかしら
その問いかけは軽いめまいを伴って
虚飾の光で駆けていく子供に追いつけない
こんな私を叱りながら
しわくちゃの戦闘服を脱ぎ捨てる恋人は
とても潔い人で
どうせならその身軽さで
「夢を叶える街」へ行けばいいのにと思っている
穏やかな物語を
読み聴かせてくれなくても
私が一人で眠れる事を
きっと知らないのだ
絶望色のストールを巻いて
明日も私はふらりと街に出て
故人の掌編を読むだろう
過る人たちに
とても自分本位な希望を押し付けて
そっと目を伏せるだろう
むずかる仔犬の体温が
すっかり手のひらに移ってしまったから
正しい冷たさを忘れてしまいそう
この命はいつでも私に掌握されているのだ
そう思う事で
唇から溢れる笑みは
鉄錆のような味が 本当はする
その事も胸に打ち付ける事で
わりと穏やかな生活は続いていく