わたしたちの空
恋月 ぴの
最初はマジで嫌だった
スタッフのひと替えてもらいたかったけど
お気に入りのお店だったし
いつものひと不幸があって急に休んだらしいし
どうにでもなれって心境だった
助手のひとがわたしの好みを尋ねてくれて
それを簡単な手振りで彼に伝えていた
鏡越しの軽い会釈に目があうと
彼は髪にはさみを入れ始めた
とても不思議なひとときだった
いつものひととならおしゃべりばかりして
はさみの音なんか耳に入らなかったのに
彼の動かすはさみの音が心地よい
店内に軽く流れる音楽に合わせ
楽器でも奏でるかのようにはさみを操ってゆく
以前から働いているの知ってはいたけど
切ってもらおうなんて思ってもみなかったし
シャンプーを助手のひとに任すと
彼は同じような境遇のお客さんのもと
ふたり手話を交わし談笑している
お客さんも楽しそうで
そんなふたりを見ているわたしまで微笑んだりして
ことばなんかじゃないんだよね
お店を出たばかりの髪の毛は北風にそよぎ
「次もお願いしてみようかな」
ショーウィンドウ越しのわたし自身に話しかけた