わたしたちの空
恋月 ぴの

最初はマジで嫌だった
スタッフのひと替えてもらいたかったけど
お気に入りのお店だったし
いつものひと不幸があって急に休んだらしいし
どうにでもなれって心境だった

助手のひとがわたしの好みを尋ねてくれて
それを簡単な手振りで彼に伝えていた
鏡越しの軽い会釈に目があうと
彼は髪にはさみを入れ始めた

とても不思議なひとときだった
いつものひととならおしゃべりばかりして
はさみの音なんか耳に入らなかったのに
彼の動かすはさみの音が心地よい
店内に軽く流れる音楽に合わせ
楽器でも奏でるかのようにはさみを操ってゆく

以前から働いているの知ってはいたけど
切ってもらおうなんて思ってもみなかったし

シャンプーを助手のひとに任すと
彼は同じような境遇のお客さんのもと
ふたり手話を交わし談笑している
お客さんも楽しそうで
そんなふたりを見ているわたしまで微笑んだりして

ことばなんかじゃないんだよね
お店を出たばかりの髪の毛は北風にそよぎ
「次もお願いしてみようかな」
ショーウィンドウ越しのわたし自身に話しかけた




自由詩 わたしたちの空 Copyright 恋月 ぴの 2007-11-20 23:12:05
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