海は凪いで
佐々宝砂

しおからい空気が鼻腔をくすぐるので
目覚める
茶色く変色しているだろうごわごわの髪に
手をやりながら起き上がる
腰が痛い
かつての習慣を再現してもほんとに意味がないなと
ひとりごちてそれでも海水で歯を磨く
のどが渇く
まだいくらか淡水のストックがあるので
まだ生きられるらしいなとぼんやりおもう
今日も無風快晴で
航海日誌に書くべきネタはなし
というかそもそも航海日誌もなし

陸地ってなんだったろう
どんなものだったろう
どうしてここでこうしているんだろう
陸地はどこにあるんだろう

なまぐさい空気が鼻腔をくすぐるので
腹が減っていると気付く
浮かびくる
浮かびくる
昨日も今日も浮かびくる
ぶよぶよに膨らみ生っちろく変色した肉塊
切り取り火であぶり
かつての習慣を思い出しながら
両手をあわせて罪の許しを乞い
明日も彼ら死者の肉体が浮かびくることを
天なる父に祈り
今日の食事をはじめる


自由詩 海は凪いで Copyright 佐々宝砂 2007-11-20 00:00:52
notebook Home 戻る