「おじいちゃんは もう 家での生活は 無理でしょう」
准々


白衣のドクターが言った

「おじいちゃんは もう 家での生活は 無理でしょう」


それは 去年の夏だった

まとわりつく空気が ベタベタとしていた

蝉の声が 当たり前に うるさかった

太陽はギラギラと 私達を責めていた


老夫婦 二人三脚の生活が 悲鳴を上げて破綻した日

彼は 家に帰りたい と言った

グループホームと呼ばれる所が 彼の家となった

彼のカルテに 「認知症」の三文字が 書き加えられた



それからの彼は

表情に 張りが無くなり

文字に バランスが無くなり

文章に 脈略が無くなり

心に 理性は無くなった

時に

家に帰りたい と怒り

家に帰りたい と泣いた

時に

娘を 犯罪者と呼び

孫を 裏切者と罵った


すべてに 攻撃的な日もあれば

思いやりと感謝で 涙の日もあった



「おじいちゃんは もう 家での生活は 無理でしょう」

それは

積み重ねてきた人生と

残された人生との 分岐点を伝える言葉



 


自由詩 「おじいちゃんは もう 家での生活は 無理でしょう」 Copyright 准々 2007-11-19 21:13:15
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