いくつかの心象
結城 森士

[六月の午後の雷雨]

放課後/定時/時折
石造りの教会に足を運ぶ
窓に打ちつける激しい雨
外ではまだ幼い葉が風雨に圧され
ぐっしょりと頭を傾げていた
それを見て
窓際でしゃがみこんだ僕の影は
そのまま頭を挙げようとせずに
身動きすら出来ぬほどの憂鬱を
幼いタンポポの葉に託した
薄汚れたステンドグラスや
みすぼらしいシルエット
それを見た

やがて地に響く
ゆっくりとした足音と共に
少しずつ稲妻が近づいて来る
その様子をただ眺めている
激しく打つ雨、暗雲、雷鳴
枯渇した感情を揺さぶることなく
ただ潤してくれる

誰もいない聖堂で
激しく打ちつける雨を眺めて
静かに聖歌を鳴らしていた
クライスト
は誰の事なのかも知らなかった
神の雷鳴に畏れながら
聖母の美しさに惹かれ
六月/雷雨/聖堂
非現実的な幻想に酔うことが出来たのは
まだ少年と呼べる時代だったからなのだろう
聖なる母を心に落とす

どんなに美しい感情も
いつか思い出となって
すぐに薄れていく







[崩壊する夕暮れ]

それはあくまで鮮烈な赤
赤、それは潤んでいた
坂道の向こう側は揺らめいていた
風は頬を優しく撫でた
高い建築物が光を反射していた
それはあくまで鮮烈な赤
赤、

球体、
表面張力に支えられ
今にも零れ落ちそうな

いつか思い出となって消えてしまう
感傷や心象や友情などが
かつてこの景色の中に存在していた
感傷の面影、幾人かの少女たちの
声や会話が甦る

かつて、確かに此処に存在していた
今、鮮烈を伴って球体は零れ落ちた
赤、あくまで赤く砕けていった
それは間違いなく存在していた
しかしもうそれを見ることは無い








[紙飛行機]

手から離れ
開放された窓から
青い気流の上へ飛びたった

校庭では数人の少女が鉄棒で遊んでいた
この季節のプールには誰も泳ぐものが居ない
サッカーのゴールでは数人の少年がいちゃついて
大きな木々が眩しげに揺れていた
揺れていた
揺れていた
揺れていた

校庭の裏に僕らは居た
僕らは校庭の裏で隠れたり
木の棒を持って振り回したり
僕らはいつまでも飛べるのだと
僕らはいつまでも少年で居られるのだと
思っていたのかもしれない

手から離れていった真っ白な紙飛行機は
上空に飛んで白い雲の中に消えてしまうのだと
そう思いたかったのかもしれない

あの日確かに僕達は空を飛んでいた
そして紙飛行機は確かに地に落ちたのだ









[追憶]

放課後の教室や
帰宅後の薄暗い部屋は
一層孤独を増徴させる気がした

定刻を刻む時計の針の音は
急かしているのか
笑っているのか

過去の写真は全て捨てた
破って捨てた
全ての美しい思い出は
屈辱と失望に変わってしまう

鐘の音が鳴り始めると
泣きながら耳をふさいだ
一日が終わっていくのが
どうしようもなく悲しかった
誰からも置いていかれたように思えて
暗い空洞の部屋で感情を失っていった

時計の針が鳴っている
あの頃の虚無の感情も
今では追憶の中にしまわれている
こんな風に、繊細な感傷を失っていくのだろうか









[雨]

弱々しい雨が窓に流れていった
そこに写っただろうか
弱々しく歪む表情も
流されていった

赤い傘を差して
濡れた路上を歩いた
通りの風景はいつも
薄いガラスのように
儚くて頼りなかった

この雨には何処かで出会ったことのある
そんな確かな感情が突然、湧き上がった
だけどそれ以上は何も思い出すことはなかった
これ以上、薄いガラスの向こう側に
行ってはいけない気がする

僕の横をすり抜けて商店街を駆けていった
少女の面影を見つめていた








[真昼の幻影]

その日は熱くも寒くもない
ただ眩しすぎる午後だった
ゆらりと揺れて
少年の影が僕の身体をすり抜けて
公園の方へ駆けていった

その公園は僕がまだ中学生の頃
毎日のように走っていた公園で
僕は少年の影を追いかけながら
いつの間にかあの頃と同じコースを走っていた

昼間だというのに誰もいない
こんなにも眩しい午後の日差しの中
老人も主婦も子供も、
いつもは居るはずのアヒルや
池の中を泳いでいるであろう鯉さえ
この眩しい午後の公園に居る気配が無い

時折視界に見え隠れする少年の影を追いながら
疲れを感じることなく軽快に走り続けた
その間に様々なことを思い出していた
中学生の頃の仲のよかった友人達
彼らとの学校生活
些細なことで喧嘩したこと
昼休みにはいつもボールを投げ合っていた
まだ若い自分が眩しい日差しの中で飛び回っていた
皆笑顔ではしゃぎ回っていた
僕達が全てを変えていけると信じていた

いつものコースを一周して
広場の時計の下で止まった
時間はあってないようなもの
そう気づいたから時計を見る必要は無かった
広場の片隅に膝を抱えてうずくまっている少年
それは既に影ではなく、中学生の頃の自分の姿
惨めで暗い頼りない姿、
けれど僕はそれを自分の姿だと理解した

僕達は今のこの瞬間だけを知っている
だけどそれは全て過去の思い出となり
いつか消えていってしまう
だから僕達は消されていく
暗い過去も美しい感情も皆

だけど
辺りが暗くなってしまっても
時計の針を気にする必要は無い
僕達は確かに此処に存在している
そしてその事を認められるのは
自分しかいない
自分しかいない
自分しかいない

公園はいつの間にか鮮烈な赤に染まっていた
そして僕はたった一人でベンチに座っている
思い出は皆消えていくけれど
僕が僕であると思えるうちは
この景色は永遠に消えることは無い
(此処に居る
 誰も居ない
(此処に居る
 誰も居ない
(此処に居る
 誰も居なくなった

赤、
かつて、確かに此処に存在していた
今、鮮烈を伴って球体は零れ落ちた
赤、あくまで赤く砕けていった
それは間違いなく存在していた
しかしもうそれを見ることは無い


自由詩 いくつかの心象 Copyright 結城 森士 2007-11-18 20:34:33
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