長城計画 3
楢山孝介

その1
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=120607
その2
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=130161

万里の長城の城壁を絵で埋める計画に参加している女性画家と手紙を交わしている。隣の区画を担当するフランス人画家と次第に親しくなっていく彼女の様子を、僕は遠い地で読むだけの日々。だった。



彼は死にました
長城の一部が崩れて
砂漠と石に挟まれ潰されました
掘り起こされた彼の
固く閉じられた手の中には
壁を下塗りするための刷毛が握られていて
どうやっても離すことが出来ませんでした

崩落はたまにあることだそうです
悠久の時が流れる長城において
次の「たまに」がいつ起こるかはわかりません
それぞれ作業に取りかかり始めている画家たちは
皆忙しくしているので
一人の脱落者のことを気にする人はいません

私は感傷に任せて
彼の分の仕事も引き受けると申し出ました
たかだか任期が数十年伸びるだけのことです
しかし私の言葉が計画本部に届く前に
新しい絵描きが赴任してきました
長城を絵で埋めたい画家は
世界中にいくらでもいるそうです

新しくやってきた若い絵描き
新進気鋭気取りでいるスペイン人の男は
亡くなった彼のことを私に訊ねてきました
画想を引き継いでくれるのかと思ったら
「そんなものを描こうとしたから崩れたんだ」
なんてことを言い出しました

たしかに一理あるのかもしれません
彼が長城の壁に描こうとしていたのは
当初構想していた砂漠の絵ではなくて
一面の私でした
出会って間もない頃の
彼を見るたび機嫌悪そうにしていた私
彼と打ち解け始めた頃の私
彼を愛し始めた頃の私
裸の私
そしてこれから先何十年もの
日々変化していく私の絵が
壁一面に無数に描かれる予定でした
馬鹿な人でした



(手紙はここで終わっている。近いうちに僕は彼女の元を訪ねるつもりだ)


自由詩 長城計画 3 Copyright 楢山孝介 2007-11-18 13:22:25
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