秋の金魚と揺れる水
千月 話子


  暑くもなく 寒くもない
  昼と夕の変わり目に見る太陽は
  ぼうやり として
  霞み懸かった空の川を
  漂うように 浮かんでおりました



このように 繊細な秋の日には
水草揺れる金魚鉢を穏やかに持ちて
上手に水を入れ替えてあげましょうか


私はまるで お作法のように
丸いガラス器を両手で挟み
すり足で そっと縁側に運びます


紅緒さんは
「ああ もう七つ夜を過ぎたのですね」
と理解しているかのように
さほど びっくりするでもなく
たぷたぷ と
揺れに身を任せておりました


石畳に沿って歩く 木製のつっかけが
カララン コロロンと
高音を鳴らしますと
驚いた小さな雀が柿の木で跳ねて
上方から私達を そっと覗きます

 柿の木には数個だけ実を残しておりますので
 お詫びに どうぞお召し上がり下さいな


銀ダライは紅緒さん用にと
お祖母様に頂きました
少し凹んだタライに程好く水を張り
同じ色の銀の柄杓に水を入れては
高所から流し入れ
流し入れを繰り返しますと
冷たく堅い水は いつしか
優しく緩む水へと変わって行くのです


私は両手で直に紅緒さんを掬い
暴れないように ようし、ようし
となだめながらタライの丸い水へ
ゆっくりと浸してゆきます

 ようし、ようし、良い子だね


ガラス器の金魚鉢の水は半分取っておいて
馴染みある匂いを半分残します
玉砂利に絡みついた沈殿物を
きれいに 洗い流し流してゆく時に
細いミミズの塊が最後に流れて行きました

 紅緒さんは お肉が嫌いですか?
 なら ひらひらのを差し上げましょうね


銀ダライで スイスイ泳ぐ小さな金魚を
飛び出してしまわないかと目の端で追いながら
きれいに洗った金魚鉢に
紅緒さんの居た 古い水と
紅緒さんの居る 新しい水を
交互に入れ 水草を入れて
庭の秋桜が 軽い風に触れて
みんな みんな 揺れています


縁側に置いた金魚鉢が
淡い光りを屈折させて
板張りの古い廊下に
淡い虹を描き
ぼう と眺めてみたり
手の平に映してみたりして
このように穏やかで ほの暖かい日も
もうすぐ終わりですね と
移し変えた紅緒さんの
大きく映った可愛い顔を
覗き見ては ぷくぷくと
ふたり言を言うのです


紅緒さん 紅緒さん
 冬の日の水替えは七つ日より
 少し遅くなりますが
 暖かい日を選んでは
 ゆぅくりと陽を浴びて過ごしましょうね
 ゆぅくりと ゆぅくりと
 笑いながら 過ごしましょうね








自由詩 秋の金魚と揺れる水 Copyright 千月 話子 2007-11-17 23:42:01
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