アンテ

                        8 形

住所は
机の引出しの奥から見つかった
知らない町名
行き方を調べるだけで
半日かかった

なにから話そうか
道すがら考えていた
せいか溝に二回もはまった
似たような形の家並みが続くので
やっぱり道に迷って
偶然出くわした町内地図で
方向修正
自動販売機で紅茶を買って
おつりを取りわすれたと気づいても
後の祭り
おまけに間違えてホットだった
でも
おいしかった

せっかく傘を持ってきたので
空はよく晴れている
歩きながら一人笑う
長靴を履いてくればよかった
電柱の番地を確かめて
メモどおりに角を曲がり
ようやくたどり着いたアパート
は河原に面して
ゆるゆると風を受けている
一階のいちばん隅の部屋
ネームプレートは空白のままだ
チャイムを押しても
なにも聞こえない

知っている風景
対岸には
小さなグラウンドがあって
少年野球のチームが練習している
ジョギングの途中
いつもあの階段でストレッチした
遠くに見える鉄橋の
向こう側には
菜の花の群生があって

 「遅かったですね。
  このまま逢えないかと思った」

振り返ると
リエちゃんが立っている
涼しげなワンピースの
すそが風に揺れて
いる
ぐらっと視界が回転する
息を吸う
ドアに背を向けて立っている
まぶしそうに目を細めて
傘を持って
あたしを見て
いる
ワンピースのすそが
足もとにまとわりつく
思わず
手で押さえて

回転

ぜんぶ嘘なんでしょう
恋人のこともカードのことも
身の上話も
大学に通っていることも
自分の都合で
猫を殺したりして

あたしが
あなたになんて興味がないこと
知っていたくせに

リエちゃんは無言で
部屋のドアを開ける
向こう側には
草っ原が広がっている
アパートの部屋はどこへ行ったのだろう
ドアをくぐる
陽射しがまぶしい

 「ほかはぜんぶ
  消えちゃったんです」

張りぼてみたいな壁に
凭れて
リエちゃんがくすくす笑う
ありがとう
の形に唇が動く
さよなら
の形に右手が動いて

3 2
カウントダウン
1 ゼロ
あたしの声がスイッチを入れる
消える
アパートの壁も
リエちゃんも
跡形もなく
あとには

あとには
雑草でいっぱいの空地が
ワンピースの残像が
河原のグラウンドが

涙が



                          連詩 観覧車





未詩・独白Copyright アンテ 2007-11-14 01:41:04
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