ホスピス
比口

空が白んできたら、無数の糸がぼくをからめて
息苦しいくらいに涙を流させるんだ。

いつか、病室でママが言ってた。
「あなたは、恋人にあげた甘い蜜のかけらなの」

甘い、甘い、あまい  めまいがする。めまいがする。
白い病室は奥深くに隔離されていて、ママはそこでずっと夢を見ていた。
ぼくはいつもそのベッドの横で外の世界の話をする。
「コウノトリはもういなくて、ぼくはあなたの産道から生れ落ちたのです」

夢、夢は、ほんとうに希望なのかな?
(それなら壊れてしまえばいいのに)
グリム童話はフィクションで、神話は政治の道具。
海には人魚だっていないんだ。

水平線を人差し指でなぞって、皮一枚のところで思いとどまる。
「きっと、これが生命線」

病室のママにとって、ベッドと花と、白いカーテンが世界の全てで
そんなの盲目と変わらないじゃない。(僕も含めて、ね)
藍色と愛色みたいに。
あいいろ。ママのパジャマの色。
新婚時代にパパとおそろいで買った、ママのたからもの。

それは、生まれたてのぼくの全て。
しわくちゃで、今にも崩れそうな世界。
崩壊しつつある世界、ママのこころ。
白い病室は壊れたこころのわずかな居場所。
ゆるゆると崩壊していく、こころの居場所。


自由詩 ホスピス Copyright 比口 2007-11-12 13:37:07
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