ホスピス
比口
空が白んできたら、無数の糸がぼくをからめて
息苦しいくらいに涙を流させるんだ。
いつか、病室でママが言ってた。
「あなたは、恋人にあげた甘い蜜のかけらなの」
甘い、甘い、あまい めまいがする。めまいがする。
白い病室は奥深くに隔離されていて、ママはそこでずっと夢を見ていた。
ぼくはいつもそのベッドの横で外の世界の話をする。
「コウノトリはもういなくて、ぼくはあなたの産道から生れ落ちたのです」
夢、夢は、ほんとうに希望なのかな?
(それなら壊れてしまえばいいのに)
グリム童話はフィクションで、神話は政治の道具。
海には人魚だっていないんだ。
水平線を人差し指でなぞって、皮一枚のところで思いとどまる。
「きっと、これが生命線」
病室のママにとって、ベッドと花と、白いカーテンが世界の全てで
そんなの盲目と変わらないじゃない。(僕も含めて、ね)
藍色と愛色みたいに。
あいいろ。ママのパジャマの色。
新婚時代にパパとおそろいで買った、ママのたからもの。
それは、生まれたてのぼくの全て。
しわくちゃで、今にも崩れそうな世界。
崩壊しつつある世界、ママのこころ。
白い病室は壊れたこころのわずかな居場所。
ゆるゆると崩壊していく、こころの居場所。