贋作 手袋を買いに
蒸発王

それは
ほんの気まぐれ



『贋作 手袋を買いに』



真夜中に差し込んだ月光を
唇ですくって
指編みし
小さな誰かに合う
手袋を編んだ

私の指は
夜霧の摩擦に赤くなって
先が血のように赤くなっていたから
其の編み上げた
黒い手袋には
うっすらと赤茶の線が混じった

この手袋は
どんな闇夜でも
ぼんやりと光り
温もりを絶やさないものだから

本当に
寒がりで
小さい誰かにあげたいと思い

手袋屋で働きながら
その小さな
誰かを探していた


真夜中


新雪が
こおこおと
青く輝く
満月の真夜中

マフラーを巻いた
小さな子どもが
店の前に立って
ドアを叩いた

かじかんだと思う
小さな手のひらは
暗がりでよく見えないが

手袋を下さい

と言った
声は
雪の結晶を集めたように
震えていた
見えない勇気が滲んでいた

子供が差し出す白銅貨が
ちろちろと音を立て
其の音を聞いたとたん
子供の後ろから
一瞬
金色の尾が覗いた

それでも小さくなって
立ちすくむ様を見て

きっと
この子だ

思わず笑みを浮かべて
白銅貨と引き換えに
小さな手袋を差し出すと
子供は何度も
頭をさげて

真夜中の雪の中へ走って行った


転がるように走るうち
二本の脚が
四本にかわり
満月のような瞳が
真っすぐに森を目指すのを見届けた

きっと
あの子の手先は
黒い夜と
月光のぬくもりとで
いつまでも
温いままでいるだろう


不思議と
私の胸の内にも

手袋をしているようだった




自由詩 贋作 手袋を買いに Copyright 蒸発王 2007-11-11 23:15:17
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