たもつ

語らないでいると
ケニアがある
暗闇の中
愛美が物語の続きをせがんでいる
言うなれば足だ
五本指のソックスで
地表が埋め尽くされていく
人に理由などないように
人であることに
理由などない

愛子は台所で夕食の仕度をしている
この時点ではまだ
愛美は誰からも産まれていない
遠くにある改札口で
草食性のライオンの群れが
草を食んでる
駅員がたいそう正直な人なので
愛美はそのことが少しつまらない
ならず者ならいいのに
語らないでいると
ケニアがある
言うなれば足
ナイロビで買った花柄のスリッパに
世界の重みが加わっていく

愛美は愛子から産まれなかった
よく似た親子、と言われることはなかったが
似ていない親子、と言われることもなかった
ただ、愛子が前を通りすぎた公園を
愛美が水鉄砲をもって走っただけだった
けれどそれも数年後のことだ
夏の暑い日のことだ

それでは配布した答案用紙に
あなたの必要なものを書いてください
試験官の声が会場に響く
いくらでも書くことができた
そのことが嬉しかった
最後に残った小さなスペースに

と書いた
でも本当に必要なのは愛だ
愛子はそう思った
でも本当に必要なのは愛だ
愛美もそう思った



自由詩Copyright たもつ 2007-11-11 07:23:06
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