臨界に富む
皆川朱鷺

「あ、あ あ   あ  ー…」
出た声は、か細くて、連想するのならば月光。
きっと肌は青白くて、本人は気にしながらもそんな自分を美しいと感じているのだろう。
しかし彼女が泣く意味は何だろう。
私は理解できない。
何故なら、彼女のような赤い薔薇は沈まない。
決して沈みようがないのだと、盲目的に信じているからだ。

■ ■ ■

永遠にループする夢を見れば、ひとりの女が気に食わぬ。
脳に貼りつき視界にちらちら、ゆれる、その女の像が気に食わぬ。
だから極力レム睡眠を避けたいのだ。
ああ、そうだ。
夜眠れないのが続くと、テンションが上がって睡眠がいらない体質になってしまうと聞くではないか。
女の像が気に入らない。
顔が見えなくて個別化出来ないのが腹立たしい。
いつかのひとりの女なのか、いままで関係した女の集合体なのか。
そのループする夢の中の女は、いつも後ろ向き。
髪の色や長さや、手足の肉付きや服は(或いは女は全裸だったのかもしれない)、
目を開けると塵が如く消えてしまう。
女の肌の白いことと、その女を見て、美しいと感動したのだけは、
自分の名前と同じぐらい深く自分の中に食い込んでいる。
滅多に人という物体に感動したことが無い私が、
美しいと惚れ惚れと眺める女ははたしてどんな女なのだろう。
そんな女はいやしないのだ。
存在するわけがない。
いまだかつて、可愛いと思える女にさえ、会ったことが無い。
私の周りにどこからともなく飛んでくる女は、皆私を気持ち悪くする。
いずれの女も世間並みの容貌もしくはそれ以上であったと友人は評価するが、私は気持ちが悪くなった。
積極的な女を嫌うというのでもなく、変なフェチズムも持ち合わせていない私が、何故美女を連れると気持ち悪くなるか。
いや、お前はまったくもって相当な男だ、とあるとき友人が言っていた。
美女を連れることで、自分に自分で目が向けられなくなるのか、
まるで女が不細工な男を連れて歩くことで、自分を美人だと思い込む傾向と似ているではないか。
そんな風に笑われても、私はてんで理解できなかった。
私の美的感覚は世間のそれと類似していると心得ているからだ。
美しい女には美しいと感じる筈だ。
しかし私の周りにくる女に対し、私は拒絶反応を覚えた。
それも、激しい拒絶であった。
手、指一本、触れられるだけで、吐き気がした。
男に性的魅力を感じたことは今だかつて無く、たとえ潜在的にでも、今後もないだろう。
しかし私は私の周りの女を受け付けられなかった。
それでも人間生きていれば出歩くもので、そうすると必然的に女がどこからか飛んでくる。
仕方が無くも、私でさえ生活サイクルの中で出歩く必要を有していた。
私は次第にいちいち自分で女を跳ね除けるのが面倒になってきていた。
そして、例え吐き気と戦うとしても、ひとりの女に傍を許した。
すると、どうだ。
その女は他の女を跳ね除け、私の生活サイクルを回し、
よって私はそのひとりの女以外の誰からも邪魔されず生活することが可能となった。
暇になった私は、さしてやることも無いのでどうしようも無いことを考える。
私の美しい女とは何だ。
もちろんあの永遠にループする夢の、美しい女だ。
夜眠れば逢えるのだが、私は逢いたくなかった。
私の疑問に答えは必要でない。
疑問は疑問であり、どこかの真空空間にぽーんと投げ出されたものであって、
答えが返ってくるまで酷く時間を必要とするのだ。
五十年、百年後にようたっと答えが返ってくるかもしれない。
そもそも帰ってこないかもしれない。
それでいいのだ。
そんなものなのだ。
疑問は疑問で、疑問という形が形成されることこそ、私にとって一番必要なことなのだ。
つまりは、暇つぶしだ。
この暇つぶしの疑問のために、私は女に逢うのをやめようと思った。
そこで、睡眠を必要としない体質へと、自分で体質改善を試みた。


未詩・独白 臨界に富む Copyright 皆川朱鷺 2007-11-09 21:49:53
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