三州生桑

「今日のやうにじめじめしてゐますと出ますので」
晩秋のたそがれ刻、男は陰気に呟いた。
「この榎の根元によく出ますな」
出るかと聞くと、出ると言ふ。今まで何度も見たと言ふ。
「誰でも初めは茸と間違へますよ。ぷっくりとしてましてな、色も白ッぽい」
ははぁ、美味さうですかと聞くと、「イヤ、あなた、とんでもない」

顔を近づけてよく見ますとな、穴が二つありまして、ひくひく動いてゐる。こりゃ鼻だと。いえ、落ちてるわけぢゃありませんので、生えてゐるので。ええ、出ます、こんな日には。

「その鼻が何を嗅いでゐるのですか?」
男はあきれたやうに言ふ。
「決まってるぢゃありませんか。探してゐるのですよ」
「何を?」
「口やら耳やら」
「目は?」
「目玉は先からあそこでわしらを見張ってをります」
さういふと男は榎の太い枝を指差した。



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未詩・独白Copyright 三州生桑 2007-11-05 18:41:03
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