誰もぼくを知らないところ
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誰もぼくを知らないところへ行きたい
優しい人も
厳しい人も
生意気なやつもみんな棄てて
誰もぼくを知らないのなら
ぼくが知っている人たちのところだって構わない
ぼくに関する記憶を消しさってくれればいい
ぼくを嫌うやつは大抵ぼくだって嫌いだし
ぼくを好いてくれるやつは大抵ぼくだって好きだ
そんな付き合いに疲れたわけじゃなくて
ただなんとなく
やりなおしたい
家族や恋人
友人達に別れをつげて
誰もぼくを知らない街でなら
ぼくは何にだってなれそうだ
鳶や大工や左官屋さ
花屋や釘師や作曲家さ

もしもきみがこの街に来たなら
誰もきみのことを知らないから
過去をたずねられても
てきとうに返事して
これまでの悪事も
整形した鼻も
かくし通すことだね
はじめてきみに出会った人たちには
それがほんとうのきみなのだから
誰もがきみをやさしいと慕い
誰もがきみをうつくしいと讃える
きみがぼろを出すまでのあいだ
それがきみの素顔だと信じる
誰もきみのことを知らないところは
それこそ星の数
きみは何にだってなれる
おとなにもこどもにも
おとこにもおんなにも

ぼくはたくさんのものになりたい
ぼくを知らない誰かのところでなら
もう人間でなくたっていいだろうし
ぼくはいっそ風になりたい
風になって花を散らしたい
ぼくは雨にもなりたい
雨はやがて海になるから小舟をゆすり
さかなを網においこみたい
ぼくは朝になり昼になり夜になりたい
そして日々がいつか
春になって人をよわせ
夏になって人をくるわせ
秋になって人があたため
冬になって人にしずもる
けれどそんな季節も
いつかは終わるだろう

ならば ぼくは
いま の ようなものになりたい
かこ の ようなものになりたい
それは 時
みらい などではない
ひろがり のようなものに
かんじょう のようなものに
えがきつくした 絵 そのものに

そうしてぼくを棄てて
誰ものかけがえになりたい
あぁ、もうかみさまのところへ行きたい
そこで ようやくぼくは はだかのままだろう






自由詩 誰もぼくを知らないところ Copyright soft_machine 2007-11-01 17:07:19
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