月下美人の恋
榊 慧
人間が嫌いだった。
どうしていつも私の邪魔をするの。
人間なんて高慢で、わがままで、欲深くて、身勝手。
花は散るからこそ美しいだなんて。
どうしてそんなことが言えるの。
花は散ってもまた実をつけて花を咲かせると、何故わからない?
いつまでも、未来永劫、尽きない命を天から与えられているのに、どうして邪魔をするの。
静かに咲かせておいて。そっとしておいて。
そうすれば私たちは、この世界を楽園に出来る。
口ばかり達者で、気障な調で愛を語ったところで、その胸の内のどこに愛がある?
野の花を自然から切り離し手元で育て、
賞賛を浴びることが花を愛することだなんて勘違いしないで。
人間が口にする愛なんて言葉は芝居の文句と同じ。
そんなもので、純情な花を誑かさないで。
浮かれた人間と言う生き物に、温かな心があるなんて信じてなかった。
手を伸ばしても届かない太陽の光と。
(だって月下美人だもの。
それでも、太陽に憧れることぐらい許されたって良いでしょう?)
時に哀しそうに揺れる深い海の瞳。
春の息吹を感じさせる、優しい笑顔と。
愛すべき夏の、陽気さ。
花だって、愛を感じ取ることはできるって知っている人は何人いるのだろう。
寂しさを指摘されたからじゃなかった。
指摘されて悲しかったわけじゃなかった。
悔しかったわけでもなかった。
かと言って、嬉しかったわけでもない。
色んな思いが入り混じって。
何の魔法も持たない私が、どうしてその運命を変えられる?
私の言う通り人間は愚かよ。
叶うはずもない恋心に心を乱して。
身の程知らずとは分かっているけれど。
身の程を、知らないわけじゃない。
知ってなお、じゅうぶんなほど、思い知っているのに、
それでも想わずにはいられない、
そんなあなたたちを、無情だなんてどうして言える?
(だって私も同じだから。)
寿命を奪われても、あなたに愛されたいと、願うだけなら罪にはならない?
こわいのは私の想いが、
近い将来天界へと上るあなたの足枷になるのでは、ということ。
それを、望んでいる自分。
無情だなんて、言わないで。
所詮、月下美人が太陽を望むなんて、夢に過ぎないんだわ。
莫迦だ。
こんな風に、手を伸ばしたりして。
なんて愚かなんだろう。
決して手に入ることはないのに、手を伸ばしたりして。
欲と想いばかりが、募っていく。
自分を陥れるだけだと、わかってるのに。
伸ばしても触れることが出来ないのならば、
ずっと水底で見上げているだけにすれば良かった。
お月様、願いを叶えてくれるというのなら、
記憶を消して下さいよ。
私の心をかき乱す、愛する人という存在の全てを忘れさせて。
魔法の力に縋らなければ、忘れることなど叶わない。
忘れてしまわなければ、離れることなど叶わない。
生きていけない。
あなたのことを、狂おしいほどに愛しているから。
苦しいの、本当に。
何が願いを叶える奇跡の花よ。
どこが幸せなの。
こんな気持ちを味わうくらいならば、出会わないほうがマシだったじゃない。
記憶を消して。
時間を巻き戻して。
私を殺して。
私の側にいて。
私を愛して。
どの願いも、きっとあなたを傷付ける。
じゃあ、私はどうしたらいいの?
願いが叶うことは、必ずしも幸福になることではないのだと、知った。
太陽を望んだ愚かな月下美人は、私。
月下美人の花言葉は、「儚い愛」
儚すぎると思う。余りにも。
もう少し、丈夫な愛が欲しいと願うのは許されないとは思うけれど。
住む世界が違う。
与えられた命の重さだって。
きっと、その長さすら。
何もかもが違う。
私とあなたとの間には、世界で一番遠い身分の差がある。
わかっていたのに。
どうして、こんなにも恋焦がれてしまったんだろう。
手を伸ばしてしまった罪悪感と、それに伴う後悔。
それでも、愛しさばかり募って。
あなたが添えてくれた指が触れるころには、
私はもうほとんど透けて光の結晶のようだったけれど。
それでも、温かかったわ。