星の子供たち
Utakata

1.
ひとりの旅人と行き逢った。夕焼けのきれいな日で、
暗くなりはじめた道を鮮やかな赤色がずっと染めてい
た。道端の小さな岩に腰掛けて、旅人の勧めてくれた
煙草を吸いながら少しずつ話をする。巡礼なのだと彼
は言った。北の地平線から吹いてきた初秋の風が、僕
たちのいる一本道を横切って吹きぬけていく。別れ際
に、旅人は僕にまだ煙草の数本残った見慣れないデザ
インの箱をくれる。代わりに何かを渡そうと思ったが、
あいにく適当な物は何ひとつ持っていなかった。彼は
軽く片手を挙げ、闇が空を覆いかけている東へと続く
道へ歩き出す。沈みかけた太陽が投げかける光に背を
向けて歩く彼の姿をしばらく眺めた後、僕も反対の方
向へと歩き出した。膨張した太陽が、地平線の向こう
からいつまでも変わらない夕焼けの光を放っていた。
彼のくれた煙草の箱は今でもポケットの中に入ってい
る。その箱に書かれた文字を覚えている人はまだ生き
残っているのだろうか。

2.
眠れない夜ばかりに書いた手紙を引き出しの中に溜め
込んでいた。ある夜、引き出しの中身を全て机の上に
空けてみる。便箋に一行だけ書いたきり放ってしまっ
たものもあれば、封をして切手まで貼ってあるものも
あった。読み返せないような内容のものもあったし、
何度読んでも、それをいつ自分が書いたのかが思い出
せないものもあった。それら全てを大きなジャムの瓶
に入れて、近くの河川敷へ行ってそっと流してやる。
流す直前、瓶の蓋を僅かに緩めておく。海へと辿りつ
くまでの間、水が少しずつ染みこんで記憶を河底に沈
めてくれるように。荷物を下ろしきった感覚のまま自
室に戻ると、ずっと昔に別れた友達からの郵便が届い
ている。どうしようもない徒労感だけが後に残る。

3.
水色の矢印が指差すその先には柔らかな匂いのする牧草
地が広がっていて、その真ん中に佇む丸太小屋には子供
のころ失くしたものが全て保たれているのだと君は言っ
て、その水色の矢印を探す旅に出てからもう長い時間が
経つ。ある雨の日に僕が暖炉の火を入れようとしている
ときにノックの音がして、扉を開けてみたら目の前に君
がいた。亡霊のような姿で、旅の成果どころか言葉一つ
口に出さない君に、僕も黙って着替えと熱いお茶とタオ
ルを準備する。君の衣服からは濃い緑色の匂いがした。
暖炉を挟んで向かい合った僕たちの間に再び長い時間が
流れて、やっと君は濡れた服のポケットから一掴みの割
れたビー玉を取り出してみせた。これしか残ってなかっ
たよ。そういって君は泣きそうな顔で笑った。硝子球は
記念にキャンディーの缶に詰めて、今でも暖炉の上に大
切に取っておいてある。

4.
星が見たいなとその子がいうので、真夜中に自転車を引っ
張り出した。満月の下で、広いキャベツ畑に挟まれた道路
をひたすら走る。各々のキャベツの中心には小さな結晶が
育っていて、あれは水晶なんだよと後ろに座ったその子が
教えてくれたけれど、本当のところは何も知らない。星み
たいだねとその子が言った。辿りついた先は地面に空いた
大きな深い穴で、運動場くらいありそうなその穴の底は暗
くて何も見えない。穴の淵まで歩いていったその子は僕を
振り返る。ここから星が生まれるんだよ。言われるままに
穴の中をじっと見つめていると、確かに底のほうにかすか
な光があるようにも思う。生まれるといいねと僕は言い、
満月の真っ暗な夜空を見上げる。中天に浮かぶ白い衛星の
他には、何一つない黒い夜空を見上げる。私は星の子供な
んだよとその子は言うけれど、本当のところは何も知らない。


自由詩 星の子供たち Copyright Utakata 2007-10-31 03:41:36
notebook Home 戻る  過去 未来