黒い川の流れ
恋月 ぴの
この橋の下には
黒い川の流れがあったはずだ
すべてを押し流そうとした
鉛のように重く黒い川の流れが
燈篭流しの燈篭が流されていった
誰かが投げ捨てた麦藁帽子は橋桁で朽ち果て
パンパンに腹の膨らんだ豚の死骸が流されていった
またあるときは
沈みかけたみかん箱にしがみつく子猫数匹
遠く満月に向かってにゃあと泣いていた
橋の欄干から身を乗り出し暗闇の底を眺めてみれば
無惨にも自転車一台
あの嵐の晩に流されてきたのだろうか
誰が乗っていたのだろうか
身投げしたおとこのすべてが流されていった
恋に破れたおんなの夢が流されていった
暗闇の底からラッパの音色が聞こえてくる
ト〜フ〜
ト〜フ〜
あれは豆腐屋の自転車だったのか
荷台に乗せた白い豆腐が暗闇の底に薄っすらと浮かびだした
この橋の下には
黒い川の流れがあったはずだ
何処から流れでて
何処まで流れゆくのか
誰ひとり知るものの無い黒い川の流れが