べつに渇いちゃいない(Do you like me?)
ホロウ・シカエルボク
夕焼けが雨雲に隠れて
使った後の絵具バケツみたいな色になる
マクドナルドの店先で備え付けの灰皿に吸殻を押し付けながら
やがて来るだろう雨の気配に唇をゆがめている
「オレンジの缶詰を買ってくる」と言ったきり
二度と帰ってこなかった娘、だけど
別に心底愛していたわけじゃなかった
ただひとりでいるよりはマシだろうと
たったひとりでいるよりはマシだろうと思ってただけ
趣味のいい制服を着た小学生の男子がふたり
水溜りを跳ねながら通り過ぎていく
早く帰らないともうすぐに日が暮れるよ
此処に吹く今時の風が妙に冷たいのは
高層建築のおもてをたらふく撫ぜてくるから
鉄筋コンクリートの匂いを
存分に含んで吹いてくるから
ひとりという現象を受け止められないやつらの携帯電話が
開花のようにそこら中で開きだす、パカ、パカ、パカ
二度と地面を蹴ることの出来ない蹄鉄の哀れさに似ている
もう少しで破れてしまうタンバリンの哀れさに似ている
交差点で若い女の心許無いミニスカートが舞い上がる
性欲を刺激するには
節度に欠けすぎる柄に苦笑する
セオリーの中身なんてそんなには変わらないものだ
輝けないバタフライの方が本当は多いのだろう
タワー・レコードを見かけると入ってしまうのは
べつに音楽を欲しがっているわけじゃない
そこならなんとかしてくれるかも、なんて淡い期待を
イエローとレッドのロゴが不思議と感じさせてくれるから
「パート・アルバイト募集」なんて告知をしばらく眺めてみる
俺の年齢はギリギリで募集の外側、それでも夢想してみる
(もしもここで働いてみたら、わたしは音楽を嫌いになるでしょうか?)
様々なフロアーで様々な音楽を耳にして
その都度リズムを刻んでいた自分に後から気づいた
ニュー・アルバムのリリースだけは
大真面目でチェックしておこう
(もうあと五年はベスト・アルバムは出さないでおくれよ転がる石)
何時のころだったか、初めてこの街に来たのは
つつましい給料の半分をつぎ込んで、ジェット機に乗ってやってきたのは
あれはまだ運命に足首をつかまれて
ジャイアント・スイングをされてるみたいな世代だった
改装する前の羽田空港の側の工業地帯を
何故だか少し暗い気持ちで見つめていたっけ
あんな景色を何度こころの中に見ただろう
スモール・タウンの片隅でもがきながら
スモール・タウンの片隅で寝苦しい夜に寝返りを繰り返しながら
それが都会的な孤独の景色というものなら
俺はまさしくそこで生きるために生まれてきたような人間なんだろう
寂しさがなければ本当の気持ちはきっと死んでしまう
寂しさがなければひとは内奥を覗き込んだりはしない
過ちの数を数えたり
傷のメモリーを傷めたほうと傷められたほうに分類して、そのそれぞれにいっときを苦しくしたりなんかしない
エコー・アンド・ザ・バニーメンのセカンドのジャケットを見ながら
まだ終ってもいないものを良かったのか悪かったのかと考えたりしてみた
きっとあの娘は
そんな俺の佇まいがいつしかたまらなく嫌になったのだろう
あるいは
本当に欲しいオレンジの缶詰を求めてマーケットからマーケットへ根気強く旅を続けているのかもしれない
もしもあいつがオレンジの缶詰を景品のように両手いっぱいに抱えて戻ってきたら
そのときはこれまでよりもう少し愛想よくしてやろう
そのときはこれまでよりも
近づけるかどうか試してみよう
カフェ・オレの缶を一気に飲み干しながら
昼間より明るい陰鬱な世界へ身体を傾けた
後悔の言葉はない、それが
確実に届くと判っているときにしか