最後の手紙は出口から届くだろう
ホロウ・シカエルボク
いま、わたしは玄関の隅のしおれたパキラの、枯れた葉を一つ手に持って
騒々しく消えていった大切なひとつの
約束のことをまざまざと思い出していた
「キンモクセイが香る季節などに嘘をつけるものなどいない」
公式を信じない学者のように
その日のうちに辿りつけない辺りの空を眺めながら呟くのが好きなひと
ロマンチシズムを鎧のようにまとって
汚れた都会を歩く事がプライドだと思っていたひと
飢えたカラスが定められたことを気にせずに
街路にごみを撒き散らしている
林檎の芯と使用済みのコンドーム
同じ比重であるかのように決めかねている
食料品店のおばさんが密かに
たぶん今週中に放出されたそれの分量を目測している
シャルロット・ゲンズブールが気まぐれにリリースした新しいアルバムを
あのひとの新しい住所に届けてあげたいのだけど
見慣れた字体が封筒に記されてあるのを見たら変に思うかしら
覚えているはずの年代もののタイプライターで
ふたりだけの暗号のような文面を築こうかしら
わたしがなにも見ずに過ごしていたあいだに壊れたパキラは
それでも何かを必死で支えようとしているように見えた
そんなさまに促されたわけじゃないけど、やっぱりアルバムは送ってあげよう
明日か、明後日か
もう少し冷静に物事を考えることが出来るようになってから
新しい住所を知ることは難しくはないだろう
なにもかもがまだ終ってしまったわけじゃないから
取り戻そうと思えばそうすることが出来るくらいの時間だろう
だけどあのひとがもしもわたしがそうすることを願っているとしたら
私は決してそちらを選ぶことを良しとはしないだろう
その日のうちに辿りつけない辺りの空を眺めながら呟くのが好きなひと
それが詩人というものなのだとあのひとはいま考えているだろう
枯れた葉を鉢に戻して時計に目をやる
お気に入りのマーケットがそろそろシャッターを上げる時間
バターロールとマーガリンを買って
挽きたての豆で美味しい珈琲を入れよう
一日はいつからだって、始めることが出来るのだ
それもまた詩人としてのスタンスであることをあのひとに
伝えることが出来なかったそれがつまりわたしの限界だったのだ
新しい住所を知ることは難しくはないだろう
そのことだけをわたしはいまあなたにはっきりと教えてあげたいのだ