緋竹の王妃
蒸発王
天女様の羽衣は
潤んだような
緋色でないといけんのですよ
『
緋竹の王妃』―羽衣―
其の天女の人形が気に入ったですって?
はあ
お客さん
お目が高い
珍しいんでございましょ
赤い羽衣をまとった天女様でして
三年生きた女竹を使った
「竹人形」でございます
いえ
私の作品ではなく
叔父の遺作でございまして
非売品でございます
いいえ
お客さん
困ります
どんなに銭をつまれても
とても値打ちがつけられないのです
その人形の
緋色の竹は「王妃様」から頂いたもので
え?
ああ
ご存じない
・・・ここらの竹人形師なら
誰でも知ってることですが
この羽衣に使われている
世にも珍しい
緋色の竹を切りだすのは
心と引き換えなんでございます
叔父は酔狂な人でした
三度の飯より竹人形が好きというんでね
腕はぴか一ですが
ろくに飯も食わずに
竹林に行って竹を削り
鬼のように人形を作っていましたよ
可哀そうなのは嫁さんでね
自分を見ないで
年がら年中竹ばっかり見ていた
夫が
竹が
羨ましくて
恨めしくて
仕方がなかったんでしょうね
嫁さんは
竹林に火を放ちました
着物の裾が
酸素と火炎で燃え上がり
髪が逆立って紅蓮にたゆい
紅をひいた唇から吐き出される
吐息が
白く羽衣のような帯を作りだす
自分の姿を
真っ赤な真っ赤な
女の姿を
叔父に見せつけたのです
そして叔父は
そんな燃えゆく妻の姿を見るにつけ
脳髄が焦げるような悲しみと
網膜が溶けるような欲情との挟間に
やっと
立ち尽くすのみでございました
やがて
燃え跡から歩き出した叔父は
ぶつぶつと呟きながら
北東の竹林に向いました
緋色の竹
緋色の竹
すでにもう
戻れない所まで狂うていたのでしょうね
鬼門の方向にある竹林には
緋色の涙を流す王妃が棲んでいる
昔
子を亡くした女が
化生に身をやつし
其の王妃に魅入られたなら
心と引き換えに
緋竹の女竹を分けてくれる
竹林に入ると
宵暮れの夕日が差し込んで
竹の影が体に落ちて
黒い縦じまが着物に映った
刹那
目の前に
巨大な白虎が現れ
悲しみをおくれ
と囁いたそうでございます
其れが
王妃
泣きはらした王妃の目は
真っ赤に熟れ
まだ悲しみ足りない目は
他人の悲しみも求め
飢えていたのです
叔父は
妻を失った悲しみを
そっくり王妃に渡して
代わりに
竹林の中心にある
王妃が流した赤い涙で染め抜いた
緋色の竹を譲り受けたのです
それで出来たのが
其の天女様でございます
ええ
叔父は燃え盛る妻を見たとき
彼女が天女に見えたのでしょう
網膜に焼きついた
美しい女の姿を
遺したかったのでしょうね
叔父ですか?
これをこさえてすぐ
顛末を日記につけると
胸を突いて死んでしまいました
血の池の中で笑って逝ったそうでございます
いいえ
呪い なんてそんなもの
ただただ喪失が悲しく
お互いに愛おしかっただけで
あの二人の間に
呪いも恨みも
本当のところは無かったのでしょうよ
何故って
今わの際で叔父は笑い
そこに居る天女様も
笑っているのですもの
『緋竹の王妃』―羽衣―