きみ
草野春心



 僕の書く詩に出てくる
 君という二人称は
 とくに中身をもたない
 かといって読む者ひとりひとりに
 語りかけるような無防備さも
 僕はけして持ち合わせていない
 いわばそれは揺れているのだ
 思い出と今の間を
 現在とこの先の狭間を
 詩はその歪みを整えようと心を尽くして
 けれどもついに元通りにはできない
 〈君〉は一種の神秘であり
 探すべき答のような気もする
 あるいは空虚な〈僕〉のかわりに
 確かなもの(辞書的な意味?)を求めているのかもしれない
 きみ という発音は
 なんというかとてもしっくりきて
 魔法のような響きだけれど
 音 それ自体の働きなのか、
 それとも意味との相乗効果か
 ということがどうでもよくなるほど
 愛すべき奥ゆきと耳当たりで胸を叩くのだ
 こい というより液体的で
 あい よりも綺麗で太い弧を描く そんな響きだ
 この国に「一行詩」なるものがあるなら
 君 とそう書いて終わりでよいとさえ思っている
 タイトルはなんでもいい
 この世のものじゃないような
 美しい大きい樹の下で
 君が〈ねぇ〉と僕を呼ぶなら
 僕は……けれど何も言わずに
 君にくちづけをすると思う



自由詩 きみ Copyright 草野春心 2007-10-22 20:07:00
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