きみ
草野春心
僕の書く詩に出てくる
君という二人称は
とくに中身をもたない
かといって読む者ひとりひとりに
語りかけるような無防備さも
僕はけして持ち合わせていない
いわばそれは揺れているのだ
思い出と今の間を
現在とこの先の狭間を
詩はその歪みを整えようと心を尽くして
けれどもついに元通りにはできない
〈君〉は一種の神秘であり
探すべき答のような気もする
あるいは空虚な〈僕〉のかわりに
確かなもの(辞書的な意味?)を求めているのかもしれない
きみ という発音は
なんというかとてもしっくりきて
魔法のような響きだけれど
音 それ自体の働きなのか、
それとも意味との相乗効果か
ということがどうでもよくなるほど
愛すべき奥ゆきと耳当たりで胸を叩くのだ
こい というより液体的で
あい よりも綺麗で太い弧を描く そんな響きだ
この国に「一行詩」なるものがあるなら
君 とそう書いて終わりでよいとさえ思っている
タイトルはなんでもいい
この世のものじゃないような
美しい大きい樹の下で
君が〈ねぇ〉と僕を呼ぶなら
僕は……けれど何も言わずに
君にくちづけをすると思う