アンテ

                        4 涙

あたしの名前を告げた
相手は
品のない言葉を何度も何度も
うれしそうに並べ立て
思い出したように奇妙な息遣いで笑い
かと思うととつぜん怒りだして
不意に回線を切った
洗濯物をたたむ作業にもどる
靴下がひとつ
片方だけあまる
たしか昨日もひとつだけ足りなかった
比べてみると
別物だった

一度も泣いたことがない理由
をよく考える
あたしのなかの異物
を捨てることに懸命だった
何度も吐いて
気持ちを童話や詩にして
成美を産んで
いろんな人の記憶を捨てて
そうして綺麗さっぱり
なくして
あたしはなにも感じなくなった
きっと
涙で異物を捨てる方法を
思いつかなかっただけなのだろう
そう思っていた

買い物から帰ってきたリエちゃんが
食品を冷蔵庫に片付けていく
庭へ出て
柿の木に水をやっていると
悲鳴が聞こえた

うずくまって震えている
リエちゃんの
そばに受話器が転がっている
何度もむせる
喉を押さえている
ごめん いたずら電話のこと
話してなかった
電話番号変えるから
ソファに座って
それでもまだ泣きつづける

母が男を作って逃げたこと
父に暴力をふるわれたこと
クラス中の子に苛められたこと
手首だけは切らないように
代わりにいっぱい
泣くんです
性的暴力を受けたこと
教科書を燃やされたこと
朝早く起きて作ったお弁当が
体育の授業のあいだに
チョークの粉まみれにされたこと
あたし
そういう子なんです
断片的に
身の上を話すたび
リエちゃんはいつも最後に
そうつぶやいて
また 泣いた

電話会社に連絡をして
手続きの仕方を聞いて
コードを抜く
成美との接点が途絶えてしまう
頭の片すみで考える
十八歳になって
髪を短く切って
バイトで貯めたお金をかき集めて
部屋をきれいに片付けて
行ってきまーす
理由も告げずに出ていった
成美
同い年だから
あたしよりも理解してあげられるだろうか
リエちゃんのことを

なにがしてあげられるのだろう

自分を要らない子みたいに
言わないで
何度も言葉が喉をつく
胸が締めつけられる
あたし
小さな頃からずっと
正反対の子だった
マユコちゃんマユコちゃん
可愛がられて
自分の思うとおりに振る舞えば
みんな幸せそうな顔になった
なのになぜ
こうなってしまったのだろう

リエちゃんがぼんやり
窓のそとを見ている
柿の木の根元
ちょうど
黒猫が埋まっているあたり

あたしは
なにを間違ったのだろう



                          連詩 観覧車




未詩・独白Copyright アンテ 2007-10-19 01:36:30
notebook Home 戻る
この文書は以下の文書グループに登録されています。
観覧車