森のひかり デッサン
前田ふむふむ
野いちごを食べて、細いけものみちをわけいった。
蔦が絡まる門が、行き止まりを告げているが、
白い壁に覆われた一対の塔をもつ建物は、
わたしを甘い蜜のように誘惑した。
とり憑かれたように、門をくぐろうとして、
小さな胸を突き上げた夕暮。
からだの中心を走る、押し寄せる波を、
泡のひとつひとつまで、話せるような気がした。
建物のなかは吹き抜けのホールが、
終わりかけているひかりを享けいれて、
紙幣の束を握り、酒を交わしながら、
円を作ろうとする男たち――。
その線分に、鋏を入れて分配しあう女たち――。
会話はいくえにも混ざり壁にすいこまれて、
白く染まっていった。
わたしは、低い背中を壁にあてて、
痛みをおびる冷たさのなかに、溶けてゆけば、
矢をいぬく視線が、わたしのからだを通り抜けて、
会話の断片が、その後から、針のように刺していった。
翳むように、うな垂れた一輪の水仙が、
夜の浅瀬に咲いていた。
わたしは、門のまえで、立ち止まったまま、
とっくに夜の音色が消えていた、青い空を眺めて、
小さな篭に入っている、野いちごを、またひとつ食べている。
大きな絵画を見ているように、
わたしは、今日も、錆びた門を通ることがなかった。
日常の天秤は、均等を崩すことなく、
わたしの空白には、雨が降ることがなかった。
わたしの頑なな意識を支える足が、壊れることもなかった。
音もなく過ぎる秒針の日々に、
薄い胸のなかを、水槽のような森が、積み上げられる。
あなたが置いたコップ一杯のみずが、またひとつ増えて、
せまい部屋のなかは、
光沢にゆれるコップの群で溢れている。
硬く弓をはった、あなたのからだが、
大理石のような冷たい色を染めている。
あなたの手を握る化石が、砂のように砕けて、
涙が、コップ八分目の水面で、葬送の雨になっていった、
仄かに白い朝になれば、
わたしには、捨てることのできなかった、
このみずを、この胸が、
この喉が、
この瞳が、
叫び狂うまで、飲み干すだろう。
・ ・・・・・
笑顔を飲みこんだ、
ゆるやかな風が降下して、
静かに葉の水脈をなぞりながら、
森は、みどりの色彩のなかを流れる。
野いちごを摘む、あなたは、篭を高く上げて、手を振り、
わたしのやわらかい視界を覆っている。
あなたの細い手は、
白いひかりの壁に包まれて――。
わたしは、忘れないだろう。
森の葉が一枚ずつ落ちて、
地表をすべて埋め尽してからも、
遠く稜線をゆく、
白い鳥が羽ばたいていたことを。