ゆうまぐれ
佐野権太
水曜の午後は
bossa novaの和音に肘を抱えて
白い器の縁をみつめている
くるりと立ちのぼる
緩やかな湯気の香りで
部屋中を染める
耳からこぼれおちる
綿のようなものを
すくって
ふきかける息は
かるすぎて
どこにも届かない
どうしようもないものたちが
どうしようもないまま
涙滴のかたちにたゆたい
浴槽は満たされてゆく
透きとおった湖水の
さかなになりたい
それは
私の弱さだけれど
まっすぐ歩けたころの
幼すぎる花は
みんな摘んでしまった
窓辺の夕陽は
逃れようのない眩しさで
こんなにも綺麗に汚れた
青は
私の憂欝で怠惰な心臓を貫いたまま
もうじき
辿り着いてしまう
ゆうまぐれ
かすれてゆく
金色のbossa nova
いきなり
消えてしまうのは
ゆるして