アンテ

                        3. 猫

なんにも感じなくなりたいと
いう願いは
叶ったのだと思う

ごくまれに
昔に出した童話などのつながりで
仕事が来る
童話はぜんぶ断って
のこりは淡々とこなす
それ以外は
なにもすることはない
曜日もなく
時間もない
そんな毎日
体力はますますなくなったけれど
病気にもならないし
とびきり健康というわけでもない
そんな毎日

早く帰ってくるといいですね
リエちゃんが言った時だけ
娘の成美を思い出す
いなくなって
もうどれくらいですか
指折り数えるのを
先回りして
心配ないわ
ときどき連絡があるし
笑いながら嘘をつくたび
あたしの喉から
乾いた空気のかたまりが

きんいろバターになったんだよ
くすくす
おかあさん お日さまだよ
くすくす

窓を開けて庭に出る
すみっこの柿の木に近づいて
ようやく
その黒いかたまりに気づく
蝿が二匹飛んでいる
手足が不自然に折れ曲がっていて
舌を出して
まだ小さな黒猫は
横たわったまま動かない
首輪はない
最近よく
鳴き声を聞いた気がする
子供がいじめているのを見かけたと
リエちゃんが言っていた
しゃがみこんで
パサパサになった毛を撫でる
硬直した身体が
ひんやり冷たくて

ほら
やっぱり
なにも感じない

成美がかわいがっていた黒猫
死んでしまったとき
成美はなんて言っただろう
どうやって
死体を処分しただろう
きっと
近くの林に埋めたのだろう

見上げると
柿の木の枝のあいま
澄んだ青色が広がっている
新月に近いから
空に溶けてしまって見えない
土に埋められるのは
どんな気分だろう
ああでも
今とあまり変わらないのだろう
物置きを物色して
シャベルを見つけだす

家のなかから
電話の呼び鈴が聞こえる
やがて途絶える
穴を掘るのは
あんがい重労働だ
いらないタオルに包んで
また穴をふさぐ
朝起きて
ごはんを食べて
夜に眠る
とても似ている

こうやって
たくさんの物を
埋めて
なかったことにしたのだろうか

また電話が鳴りはじめる



                          連詩 観覧車





未詩・独白Copyright アンテ 2007-10-11 00:47:34
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