いじめ事件の余波 ネットのリンチ
リーフレイン
とあるスレッドに高校生自殺事件に関連する人物の名前が挙げられた。
ほどなく削除されるであろう、実名の記述である。軽く検索を行うと、まとめ掲示板が
あり徹底的な叩き書き込みが行われているのを見つける。本人の「もう勘弁してください」という
書き込みもあり、さらにその書き込みに対して執拗な叩きが続く。
ネットの情報の氾濫は、向こう三軒両隣でのプライバシーの欠如を日本中に拡大せしめてしまったんだとその検索を行ってしまった自分への自戒を含めて、恐ろしく思った。
法律は、一つには、ハムラビ法典の「目には目を歯には歯を」を皮切りに、報復衝動を公的に吸収させるために存在しているともいえる。社会は無差別な報復を許すわけにはいかない代わりに、被害者の悔しさを多少とも緩和せしめるための公平さを用意しているのである。つまり禁止項目だけではなく、懲罰定義がなされている。
一方で、社会的制裁という機能がほとんど伝統的と言ってもいい日本の特徴として顕著に存在する。私達は犯罪を犯した者に対して、極端と言ってもいいぐらいに冷たい。その冷たい目は本人のみならず一族郎党にまで向けられてしまうのである。 超法規的な懲罰であり、そこには裁判もなく、客観的な判断もなく、限度もない。かなりな部分が風評によって決定され、その状態に対しての責任の所在すらない。
ネットは社会的正義を無造作に増長させてしまう。そして、ネットに参加する私達は、ほんの些細な正義心を出来心で表明してしまいがちなのだ。「正しい側に立っている」時の「無条件な力の行使」を楽しんでいないだろうか? 「そもそも裁く権利を持っているだろうか?」と 自戒をこめて見直したい。