読書と恋愛
楢山孝介

君は僕の貸した小説
『楢山節考』
『田紳有楽・空気頭』
『北回帰線』を
一ページも読もうとはしなかったね

君は僕の貸した詩集と句集
『山之口貘詩集』
『夜のミッキー・マウス』
『西東三鬼句集』のうち
『夜の〜』だけはちらりと読んで
「どうしてミッキーを暗く書くのかわからない」
そう言ってやっぱり本を閉じたね

君に合うような小説や詩は
僕が書くしかないと思いこんで
サスペンスドラマが好きな君のために
ミステリー小説を徹夜で原稿用紙百枚分書いた
君は一応義理堅く十分の一ほど読み進んでから
「意味がよくわからない」と言って投げ出したね
僕の書き方が悪かったのかもしれない
犯人は館の主人の息子アルフの双子の弟カルフ
の元恋人エミリーの双子の姉セシリーだ
動機は書き忘れたけど
トリックの解説には六十枚費やしたのに
あとがきは詩で書いたのに

会わなくなってからしばらく経って
別れを告げるメールが君から届いた
「ごめんなさい やっぱり合わない 二人みたい
 私は本より リアルが好きよ」
最後ぐらい僕に合わせようとしてくれたのか
君は短歌を詠んでくれた
だけど想いを詠いすぎてしまいがちな短歌だけは
僕はどうしても苦手で
家には一冊の歌集もなくて
うまく返歌を思いつけなかった
「仕方ない でも楽しかった ありがとう」
下の句を続けるとどうしても
未練がましい言葉が出てきそうなので
それだけ書いて送信ボタンを押した

あの時書いた百枚の冒頭に
「君に捧ぐ」と献辞を入れておけば
結局は別れることにはなっても
もう十枚くらいは読んでくれたかもしれない
僕と君に似せたアルフとセシリーの恋愛シーンに
君は感激してくれたかもしれない

もう君が読んでくれることはないだろうけど
あれから続編を三作書いたんだ
出てくる女性はどれもこれも君に似ている
主役である色男の名探偵は
どうしても僕に似てくれない


自由詩 読書と恋愛 Copyright 楢山孝介 2007-10-03 10:26:46
notebook Home