ゆうぐれ
「ま」の字

             -「戦後」に


手足が期待のようなものに透け
それを静かに束ね(斜光が胸を薄くする

「きみ、腕が痩せたね
「僕、肩が落ちてね

窓の外から
母たちのおしゃべりがきこえる

「しあわせね

その頃私たちは
ゆうぐれにラジオから流れる弦楽に憧れたが
かぜはただ優美な曲線をえがき
くつくつと台所で煮立ちはじめたアルミの鍋を
ひと回りするだけだった

籠の中の洋皿と
テーブルの上ですっかり柄が褪せてしまった花瓶を
風がしきりに撫でつける

なきださない夕暮れのなか
煮つけが出来あがってゆく
食われてしまうものと食うものとについて
私たちは飽きもせず
去っていった者たちを見送っていた
だれも
なにもいわず
煮物の火を止めに走る者も
病床から小声で小鳥を呼びはじめた者も
みな 
やっと「おりられた」ことを
肩からそれを降ろせたことを
いたましく光る
宝玉でもあるかに信じ



      
※芥川也寸志『弦楽のための三楽章』より第2楽章



自由詩 ゆうぐれ Copyright 「ま」の字 2007-10-02 22:37:58
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