創書日和「淡」 蒸発看板
大村 浩一


  は
   なので
  しないでください


通りすがりの商店の
入り口の看板
赤い文字のところが脱色して
(何故たいてい赤なんだろう)
黒い文字だけが残った

「葉なのでしないでください」なのか 
「鼻の出しないでください」なのか

伝えたい言葉が蒸発して
役に立たない助詞や動詞ばかりが残った
言語学者に言わせれば
「けり」やら「なり」やらの助詞のほうが
むしろ時代と共に変わるのだが


急ぎの大事な用事はすっかり忘れてしまい
小雨の西大路や早朝の台所をウロウロ
役に立たないことばっかり思い出す
「ジャングル黒べえ」の主題歌だとか
昔の彼女のソックスの白さだとか


(忘れたいことがどうにも多くて
 思い出さない様にしていたから
 きっと記憶を引き出す網がぼろぼろになって
 離れ小島のように余計なことばかり
 浮き出して来るんだろ)

(それにしたって音響やら画像やら
 こんなテクニカラーの情報が詰まっていては
 どんなに大容量のメモリーだって
 具合いが悪くなるのは当然だ
 ついでに言えば
 いまどきテクニカラーなんて年寄りでも言わない)


時の経つのも忘れ
竜宮城で楽しい日々
ふり返れば
ずいぶん長い春だった
ということになるんだろ
誰でも実際には数日から5〜6年
長くてもせいぜい半世紀

失敗やら不義理やら自殺やら
繋がりは次々途切れていく
ボイラーの水管に自ら漏れ止めの栓を打つ
古い窓をベニヤ板とモルタルで塞ぐ
いつの間にか幸福は
随分目減りしてしまった


これ以上幸せになれないならば
過去から探す
色褪せていく写真のなかで
笑うひとを見続ける
嫌なことは忘れる
ここは
出入口なので
駐車しないでください


2007/9/30
大村浩一


自由詩 創書日和「淡」 蒸発看板 Copyright 大村 浩一 2007-09-30 08:27:30
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