収穫
はらだまさる
のぞいてごらん、おまえは蓮華畑で興奮している、鼻腔を刺激する春の芳香のなかで、何かを追いかけ、また何かに追われて、ちいさな蓮華の花を踏み潰すたびに熱くなっている、いけないことをし過ぎて気持ち良くなったんだよ、遠くでは熱帯低気圧に粉砕された空がきらきらと舞い上がり、隣では美しい異性が微笑んでくれる、減反政策の対象になった休田のなかで、おまえはそんな至福を感じている、さぁ、のぞいてごらん、おまえが今一番行きたい場所で、そのコパカバーナの浜辺で、波飛沫と戯れる褐色の美男美女を眺めながら、ジョン・ダンの詩を読んでいる、カイピリーニャというカクテルをのんで、海風にふかれながら見たこともない青空をあおいで深呼吸をする、格別だ、さぁ、目を瞑って呼吸を繰り返してごらん、不思議な万華鏡をくるくると、響かない鉄の、かがやかない火星の、夢をみない犬の、顔のない昆虫の、形而上の存在をそこからのぞいてごらん、そのうちにおまえのやわらかいところに蚊が止まり、おまえの過去や人格を吸うのを判然とみることだろう、このメスの蚊はそれほど遠く離れたひとの血を吸えないから、きっとまたおまえやおまえの家族の血を吸いに来るのだから、おまえやおまえの家族は、その悪の権化である蚊を両の掌でぱちんと潰してしまうんだ、おまえの先祖からの系譜がぱちんと云う音と共に潰れる、その潰れた歴史はちり紙でぬぐいとられて、小便臭いメトロを乗り継いで、パスツールの地下道でトランペットを吹く男の足元に捨てられるだろう、さぁ、もっとのぞいてごらんよ、おまえは遠い熱帯の密林のなかでどろどろの血の沼に、下半身だけが埋まっているはずだ、景色は赤黒くて空気は重く、音は一切聞こえない、汗もかかず、匂いも感じない、ひとのかたちをしているがひとでないおまえはほとんど動かないで、ヨーガの呼吸だけを繰り返している、その血は、おまえの父親の血であることに気がつくだろう、肩には何かが重く圧し掛かっていて、おまえはずっとうつむいている、動けるのだけれど動きたくない、血の沼を拒絶するおまえがいるんだ、だけれども、その血のなかが今の状態より気持ちいいことをおまえは知っている、さぁ、勇気を出しておまえは更に歩を進め、血の沼に沈んでいくことを選択するだろう、さぁ、父親の血の、その沼の中におまえは全身が埋まっている、すると突然巨大な滑り台のように、タイムスリップするように、物凄い勢いで下へ下へと落ちてゆくだろう、どんどんスピードを上げて落ちてゆく、さぁ、たどりついたよ、のぞいてごらん、ここは北極か南極かどちらかの氷上だ、気分はどうだい、とても気持ち良いはずだ、さっきよりもおまえの表情は明るくなった、ひらかれた空間、冷たい空気を恐る恐る吸うと、熱を帯びたおまえの身体だけが極まっている、強力な磁場、溶けてゆく足元、皇帝ペンギンがゆれている、鯨がぼろぼろと涙を流している、足元の氷のなかには屋久島の縄文杉がきれいによこたわっている、その光景が仰木の棚田に実って、おまえはぬかるんだ土に足を埋もれさせて、出来るだけ腰を低く、美しい浜辺に落ちた大量のごみを拾うように、朝陽と満月に照らされながらそれを刈り取ると、世界が息を吹き返す、おまえに降る、銀色の雨、