花瓶の底、龍の眼(改稿)
はらだまさる

椿の花が首折り零れ 足踏みしていた夜が 膝を抱え込むように小さく、小さくうずくまって いつの間にか シャボンのように消えたので 蛇口を捻って顔を洗い、手に掬った冷たい水を飲んでから、一万、四千二百、十八、九・・・と、ずっと数えていた、気の利かないお前が、薬缶のお湯をバケツに溜めるみたいに 俺の 冷え切った足の指先から、丁寧に舐めているし どうやら俺たちは 秋の深い懐のなかで 迷子になってしまった水鳥のようだけど、飛び方も鳴き方も忘れちまったみたいだし、一番大事なものが足りなくて、息が出来ない、

昨日まで、新聞の記事にもならない下らないわがままで 人生を後頭部で結わえて不貞腐れていたお前と コアントローで綺麗にシコシコと磨いた手首を、くんくん、くんくん嗅いでみると、燐寸の火で 真っ黒に焦がした灰皿のうえの 最後の銀杏の焦げ目から、龍が一匹、俺の額を、ずばん、とぶち破って、経済観念の薄いコンドームみたいな脳膜に勢い良く、びくびく、飛び込んできたので、おお、とか思って、ハッカの飴玉を口一杯に頬張りながら、グラディウスよろしく、パピュンパピュン、パピュンつって、気持ちいい音で圧縮してさ、

結構、料理が得意なお前は、俺が撃ち殺したその龍を 年季の入った片手鍋で 色が変わるまで茹でてから、皮を剥いで 飾り頭は残して、後は「有次」の錆びた牛刀で、全部、薄切りにしてさ、ちょっと欠けた粉引きの大皿に ざん と盛り付けて、丸大豆醤油をぶっかけて、瓶詰めの粒マスタードを少し添えて、俺はそいつをつまみにして、空の月で割った焼酎のなかに 龍の金玉を浮かべて ちびちびと呑みつつ、お前の耳たぶをいやらしく弄り、纏わり付く唾をごくりと呑み干して 舌のうえで金玉を、ころころ 転がして 金玉をころころ、

柔らかいお前に 全身を舐めさせながら、どこからどこまでが虚像で、どの意識が本当なのか、気が付くと手の甲が かさかさ してるので よく観ると鱗が生えていて、どんどん、どんどん、お前の柔らかさが 気持ち悪くて、俺は嘔吐を繰り返し、裏返った内臓を吐き出して、さらに終わりのない胃痙攣と、乾燥した唾液の匂いが 這い回る 蟻の群れみたいで、どこかで電話が鳴る音だけが この宇宙 全体を認識していることに気が付いた 俺は鳥だ、水鳥だ、早く、一刻も早く 飛び立たなければ、俺を待つ親鳥や仲間が心配している、探している、

ひしゃげた地球儀を、俺は水掻きの膜がある手の、歪な爪で引っ掻き、ぺろぺろ、ぺろぺろ、と 全身が鱗だらけになった、この身体を舐め続けるお前は、乾燥した舌を、ブリキのバケツに溜まった 雨水に濡らしては、また優しく舐め続ける そのお前の真っ白な柔らかさが、脈打ち、熱を帯びて、それを眺めながら 俺はまた、嗚咽して汚れた天井に乳白色をぶちまけた、ここは一体 どこなんだろう、俺たちは ここで何を、お前は黙って俺の口に 傷だらけの舌を突っ込んで、少し身体を震わせて、龍の眼が 笑った、花瓶の底で、


自由詩 花瓶の底、龍の眼(改稿) Copyright はらだまさる 2007-09-27 18:59:27
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