池中茉莉花

ゆき子は手に生命を宿した

ある冬の日だった 
ゆき子は凍えながらも 
大好きな白粉につつまれて 
近くの店に出かけていった 
心の中でレミオロメンがながれている 
そのうち、しばれはすうっと溶けていった

そのときだった ゆき子のぽこんと出たおなかの真下が
ふくらんでいるような気がした
ひとに気づかれないように、そうっと右手でふくらみに触れた

 「いま、子宮に生命が宿った」

「絶対そうだわ」
ゆき子は 何か感じることがあるとすぐ走り出す ペトロそのものになった 
しかし 途中で はたと思いとどまった 
「転んだら大変」
はやあしで家へ

300万もの卵たちが眼に飛び込んできた 
取り去ったばかりの小花のインナーの表面に・・・

ゆき子の心のなかのプレーヤーからは 
もうレミオロメンは消えていて
夏の日の「北海よされ節」が太鼓とともに響き渡りはじめた 

よされ節に酔いしれながらゆき子はあたたかな家で
卵たちに語りかける 

   おなかの中にあなたたちを戻したい
   でも、それはできない話 
 おかあさんは生命のつぎに指が大事だと思っていたの
 ピアニストを夢みていたのよ 
 いまだって、「遅咲きの華」っていわれたい
 でもいいの 
 ひとさし指だけね、あなたたちにあげる 
 もうおとうさんの大好きな「熱情」も弾くことはできない 
 それでも あなたたちのほうがおかあさんには大切
  そうね おかあさんは ちゃんとちゃんと
  指がなくならないように産むからね
  大丈夫。 

さあ、おかあさんのところにいらっしゃい。私がお母さんよ。

  あなたも、あなたも、あなたも、あなたも、
  あなたも、あなたも、あなたも、あなたも、

 ゆき子はだれにも 信じてもらえないことをしっていた  
 だから、これは みんなには ないしょ。
 
 きょうもゆき子は手を大きく広げ、子どもたちを見つめる 
 早くおおきくなあれ。おかあさんの手を大きくしてね。

  ほおら。大きく 大きく
  もっと 大きく なあれ

    ゆき子のゆびのあちこちで ぷっくんと 
   ながひょろまるく 子どもたちの かたちが浮かぶ 

  鼓動がきこえる
  
  ぽんぽんぽんぽん       ぽんぽんぽんぽん
   
 ゆき子の心が奏でる 「雪の造形」の 
 オーボエの風のようなメロディと 
 まっすぐに落ちてくる白粉をあらわすマンドリンの

  しゅんしゅんしゅんしゅん   しゅんしゅんしゅんしゅん
 
 の刻みにあわせて

※「雪の造形」(組曲):鈴木静一作曲 


自由詩Copyright 池中茉莉花 2007-09-26 06:41:33
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