小鳥の巣
千月 話子
四角い鳥かごの小鳥を
人差し指という小枝へ導く
みなみは細く圧迫される指を
目線まで上げて
「この部屋も 鳥かごみたいね」と言う
秋とは名ばかりのあやふやな風が吹き込む
窓辺に吊るしたままの風鈴がチリンと鳴って
東へ傾く太陽の日差しが
表で遊ぶ子供たちの声を
緩やかに 空遠く消し去って
消し去って を繰り返している
小鳥の名は カナリア
オレンジ色のを選んだ
みなみの名前と相性が良いのか
彼は 情熱色の羽を波立たせ
美しい声で求愛するのだ
表札に知らない男の名前を書いた
9月 私達の部屋で
密やかに木々の育つ音がする
四角い窓から小鳥の群れを眺める
逃げ延びて繁殖したセキセイインコの木
葉桜の緑の合間から新種の花が咲いて
国花の木が ざわざわと不安げに揺れていた
みなみはカナリアの形無い耳元で
「ここは どこですか?」と聞いてみる
彼の口ばしから丸い粟が零れ落ち
古い畳目に埋もれて
ああ ここは小鳥の巣になるのだ と
南国の湿った空気のような溜息をついた
人の身体では暑過ぎる日々
みなみは背中で眠る小鳥が上下して
オレンジ色の炎のように揺らめいているのを
鏡越し 横目で見ていた
四角い窓の外 取り壊されるアパート
微かに聞こえる 小鳥の声 羽音
用意されたクレーン車に吊るされた
丸い鋼鉄の上には
幻のように白いカラスが止まっていて
大きく揺れる一撃の前に
高く 高く 鳴くのだろう
そうして
隙間だらけのアパートから
最後の住民達が一斉に舞い上がり
色鮮やかなひと塊となって
新しい巣を探し飛び立って行くのだ
夢見るみなみの部屋の薄いカーテン越しに
大きな鳥の影が横切る
「みなみ みなみ」優しく呼ぶ声がする
四角い鳥かご 狭すぎてまだ巣は作らない
私達の自由 私達の美しい羽を風に晒して
明日 この部屋は空っぽになる