カタパルト紙飛行機
悠詩

茫としたはため息をも受けつけず
溶けだした野原に足が吸いこまれていく
彼方に響く踏み切りとクラクションの音
向かい風に頬を殴られた黄昏たそがれ
(岩陰ではレミングがひとりコスモスの種を食む)

白くかそけき紙飛行機と
だんだらゴムのカタパルトを手に
名もなき草を足元に控えさせ
堕ちていく陽の着地点を探す

生まれては死んでいく光

ボール紙に設計図を描いたときから
どこへも行けないと悟っていた
部屋の隅で拾った木片は
ひしげる運命にあると知っていた

虚ろをいだく夢を
握り締めて佇む影

エンジンもついていない
希望にもとるカタパルト飛行機
追い風を待ちながら
時の圧力に機体がくびれそう

(レミングは風の声にふと顔をあげた)
のけぞった翼のささやき
飛行機は何色にも染まっていない
ガラスケースに閉じこめられるためにあるのなら
その部屋の隅にひっそりと影を落とす
一輪挿しを妬み続けるだろう

カッターナイフに抉られたふくよかな指は
赤い涙で何を求めていた?
大人になれば忘れてしまう傷を
ここで捨て行くつもりか



飛ぶための理由がいるというのなら
大地に叩きつけられるために飛ぶ




向かい風が頬を殴る
踏み切りの警報音はとうに
野原とを隔てるあずさが梢々と
伸びきったゴムに託された紙飛行機
バヒュムと宙を切り裂く
(レミングは地のはてへと走り出す)

猛々しい風の中に地平線の匂いを掴まえようと
不器用な翼が手を伸ばす
レイノルズ数を整えた青写真に
墜落点は写らない
(次第に群れをなすレミング)

向かい風に進める強さを携える
大地に放り出したカタパルトは
春に芽吹いた瑞々しい草花の
散りゆく朧に霞んでいく
半径数十メートルの天球のなかに
はては無限にひらかれる
(目を覚ます自殺遺伝子)

百メートル十八秒の波を超え
衝撃波が世界を反転させる
〇・五グラムの生み出したうしおが
崩れかけた陽の向こうに水平線を為し為せしめ
こぼれたアスファルトに膨らむ珊瑚礁は
いまは見るべくもない安楽の幻
(レミングスは海原を目指す)

挫けることを強く願おうとも
水面効果の揚力は「諦め」を許さない
(交錯――変えられない自然の摂理)
堕ちようとしては浮き上がる
機体はいま一度あの陽の上を見据え
(大海原を下に臨み)
翼はよじれた手を伸ばし――
(身を投げ出し――)

うしおに溶けてこの身に戻ってきた


(レミングスはたゆたいのなかに消えた)



空と海とで掴み取った匂いが
赤い涙となり指を伝い地に滴る
草原にかざした手は
向かい風の中に新たな芽吹きを捉えていた


(岩陰のコスモスの種はそっと地に潜り)



指の傷が泣き笑いし
糧となって心に滲みこむ



(花を咲かせるときを待つ)






陽はまた昇る







自由詩 カタパルト紙飛行機 Copyright 悠詩 2007-09-21 00:40:52
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