「良い夢を、おやすみ。」
快晴

深夜の小型ナイフの誘惑
それを振り切って走る
傷口の疼きを無視して
このままどこまでも駆けていきたいと願う

しかし私の足は脆弱だ
メロスの勇敢さも持ち合わせてはいない
かつて通学路として歩いた坂道の途中で
大きく肩で息をしながら立ち止まる

住宅街の駐車場で浮遊する黒猫の目
私を一瞥すると尻尾を掲げて去っていく
その毅然とした態度に
猫背などという言葉は似合わない

ジャージのポケットの中には
少しの小銭と煙草、携帯電話
煌々と光を放つ自動販売機で
清涼飲料水のペットボトルを一本買い
その代わりに携帯電話を捨てる

誰もいない公園で煙草を吸えば
吐き出した煙に月が咳き込むような
そんな幻聴を耳にする

酔っ払ったサラリーマンが
坂道をフラフラと下っていくのが見える
滑り台を思い切り蹴り付けると
その音にサラリーマンが驚いて
覚束ない足取りで走り去る

そのままベンチに横になり
無口な月と睨み合う
星の数を数えては
一つ一つにデタラメに女の名前を付ければ
それらの全てに思い出があるように思えてくる

最後の煙草に火を点けると
どこかで聞いたような着信音が響き
もう一度滑り台を思い切り蹴り付ける
お前はまだ夢の中だろう


自由詩 「良い夢を、おやすみ。」 Copyright 快晴 2007-09-20 03:46:34
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