七夕(超短編)
宮市菜央
通っている教習所の手前に老人介護施設がある。
民間経営の、高額な入居金を支払って手厚い看護が受けられる施設。
今月初め辺りから、入口の柱に七夕飾りが括り付けられている。
昨日は、雨で取れたのか、メタリックブルーの輪っかの飾りが道路に散らばっていた。
今日もキラキラ光る竹のそばを歩く。
ふと水色の短冊が目に留まった。太目のペンで願い事が書かれている。
「娘の***が早く帰ってきますように」
最後に自分の名前が書かれていた。
わずかに線のふるえる、たどたどしい文字が風にくるくると踊る。
もう残された時間の長くない人々が思う願い事。
それはただ、ひとのぬくもり、なのかもしれない。
このひとたちは、この小さなビルの中で何を願っているのだろう。
他の短冊も見たくなった。
少し考えて、結局、見るのはやめた。
長く生きてきた人間の心のひだに、たやすく触れるのが忍びなかった。
教習所へ歩き去る私の背中で、まだ短冊は揺れている。
明日は七夕。