狂った日曜日(1000文字小説)
宮市菜央

 私は買っておいたワインのコルクにオープナーを突き立て、ゆっくりと栓を抜いた。テーブルにボトルを置く。向かい合わせにグラスを並べる。窓からこぼれる遅い朝の陽射しを透かして、赤いワインが明るく輝く。

 今日は日曜日。あのひとがやってくる日。

 テーブルクロスを掛け忘れたことに気付いて、あわてて棚から引っ張り出す。あのひとがほめてくれた、淡いグリーンのクロス。その色はとても淡くて、陽射しのまぶしい夏の昼には白く見える。

 食事の支度に取りかかる。彼は手料理が嫌いだから、すべて買ってきたもの。カマンベールチーズ、クラッカー、スモークサーモン、お気に入りの店のキッシュ、ハバネロのスナック。遠い南の国で育った彼は辛いものに目がない。そして食後のコーヒーもセットする。彼の望む最高のタイミングで出せるように。
 彼は甘い空気を嫌う。なれなれしい会話を嫌う。だけど、私には違う。笑顔をくれる。キスをくれる。手を取って、頬を寄せて。

 約束の、いつもの時間。彼はまだ来ない。十分、二十分、三十分。壁時計の針が進んでいく。

 一時間過ぎたところであきらめて、部屋を片付ける。次の予定が迫っている。

 クロスを取り替え、一輪挿しに花を添える。このひとは、花や緑が好きだから。ただひたすらに甘い時間の流れが好きだから。

 彼は私の手料理が大好き。材料を広げて、不足がないかをたしかめて、手早く料理に取りかかる。今日はじゃが芋のポタージュにチキンの香草焼き。ハーブには私だけの秘密の隠し味がある。彼はいつもその正体を訊き出そうとするけれど、私は絶対に答えてあげない。「いつか一緒になったらね」そのたびに私はそう言って、彼の終わりのない問いかけをかわす。

 やがてすべてが整う。ドライジンとライムをシンクに置く。朝とは違う場所のように、がらりと変わった私の部屋。あとは彼がベルを鳴らすのを待つだけだ。

 約束の、いつもの時間。彼はまだ来ない。十分、二十分、三十分。壁時計の針が進んでいく。


 狂った私の時計が時を刻んでいく。約束の時間が過ぎていく。本当は知っている。あのひともこのひとも、もう二度と私の元には戻ってこないのに。


 狂った日曜日。


散文(批評随筆小説等) 狂った日曜日(1000文字小説) Copyright 宮市菜央 2007-09-18 13:02:49
notebook Home