カワグチタケシ

*
窓辺に置いた椅子の背のあたりから
沈黙が広がっていく
雨の予感がゆるやかに部屋を満たし
そしてひとつの声がおわった

山腹の地下駅は深いトンネルの底にある
プラットフォームに降り立つと
はてしなく長い階段の先に
うっすらとかすんだ光りが見えた

薄暗い階段のかたわらに川が流れ
冷えた底から百段上るごとに
大気は次の層に入る

地上は真昼
すべての日々を憶えているか
残響エコーが声から意味をうすく剥がす

**
自らのかたちをとどめることができず
その重みに堪えかねて
高いところから低いところへと
水は絶えまなく流れる

窓の灯りが消え、声は眠りにつく
水音が眠らないように
おきざりにされた意味は
暗い空へ、夢の外へと染み出す

すべての日々を憶えているか
彼女はひとりで息を殺している
そして彼女の内側に小さな月が沈む

すこし歩こうか、騒がしい夜を
意味がかき消され
声だけが聞こえるような


自由詩Copyright カワグチタケシ 2007-09-16 23:14:36
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