たばこ畑
蒼木りん

昔、
稲作とたばこ農家だった実家は、年中忙しかった。
周りの家も農家で どこも稲作とたばこをやっていた。
その上、
周りのように専業ではなく、実家の両親は共働きだった。 
兼業の兼業のようなもので 農家の長男の嫁の母の苦労は
並大抵ではなかったはずだ。

母の話ではない。

祖母の話でも 祖父の話でも 父の話でもない。

夏近くに たばこの花が咲く。
ピンク色の可愛い花が 一列に並んだたばこ畑一面に咲く。
でも、
首切りのように 花は全部切り取られてしまう。

たばこ畑を歩いていると 服が黒くなる。
ニコチンの分泌液で 葉や茎の表面はベタついている。
そんな厄介な植物の世話をして 葉を摘み、縄に編み、乾燥させ
出荷するまで 手を抜けない。

今は 
葉を縄に編みこむ作業や 夏の炎天下にそれを
茹だるビニールハウスから出して 日干しして乾燥させる作業は
今では機械に助けられているようだが 昭和のあの当時はすべて人の手だった。

葉を縄にあみこむ作業は 葉を摘んでは編み 摘んでは編み..
ベタベタで 服も指先も黒くなり、洗ってもなかなか落ちない。
朝早くから夜遅くまで 黙々とその作業をする。

たいてい ラジオを聴きながら作業をするので いろんな知識が増える。
子どもの電話質問で微笑み、
宇宙の不思議を理解する。漫才で笑い、アイドル歌手の名を覚える。
野球の活躍選手の名前。相撲の成績。事故や火事の痛ましさ。

裸電球ひとつの小屋で 影は葉を編むリズムを映す。

渋いキツイ匂い。

夏の炎天下に手間をかけて乾燥された葉は 崩れるほどカラカラになる。
そして 更にキツイ匂いになり、出荷のために梱包されて小屋に積まれる。

子供の頃、その上に乗っかって遊んで ひどく怒られた。
品評会で 賞や優良になると良いらしかった。
よく知らない。

実家で作っていた たばこは
いったい どの銘柄のたばこになったのだろう。

ある日 父は、
苦労の割りに 見返りの少ないたばこは 止める事にしたと
電話をしていた。
その年の夏に 大型の台風が来て
たばこを乾燥させていたビニールハウスが潰れたのだ。

仕事で不在の父のかわりに 母が雨に濡れたたばこを運び出した。
私たち子供も 風雨の中 運び出しをやったが、限界だった。
苦労が 水の泡になった。

潔い声は 一つの長い苦労からの開放だった。 
そして もう、
次の年のたばこのことを考えなくてもよくなった。


実家の近くの、
今では 数が減ったたばこ畑は いまごろ、
緑の葉を大きく茂らせていることだろう。





散文(批評随筆小説等) たばこ畑 Copyright 蒼木りん 2004-06-01 02:12:39
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