水の庭園。
クスリ。

/透明すぎる水の色/
/水の余韻が鳴り響く/

/月の仄かを呼吸する/
/その庭園を微かに揺らすのは/
/水だ/


月を宿す王立庭園の門扉に凭れている年老いた兵士は濃淡の物性を放ち、月に眠る。

掠れ湿る老兵の寝息を左に過ぎ、カツカツ、ゆっくり、と、足音を唐紅の煉瓦道に積み上げて影を追う。

宵に緑紅を艶やかに主張したラフレシアは月に硬質の鞭光に隷従し夜を冷たく停滞させていた。

蛍のような月蒼を連れて歩く僕の影は、ロートレックの描いたダビエ=ド=セレーランの様に、透ける虚構の感情だけが内包する哀しみを纏い、水の庭へ向かう。

「トゥールーズ=ロートレック卿の奔放の底にある無意味と、虚構に一瞬を切られる肖像画の非意味の拡大は、過去のパリの爛熟の幻想の中に於いてのみ平行である」、と、祖父は言った。
おそらくは「肖像画は嫌い」と言う単純を、難解に不意味に俗して呟いていた祖父の握る絵筆は、生の終焉に祖母の肖像を宿した。

その画は不可思議な重力に支配されたモノクロームの水の庭園と、死に至る前に加筆された水を見つめる仄かな橙色の点描の小さな人型で構成されている。

橙色に記憶と幻想を託した祖父の日記に告白された不可解な暗喩は、永劫に理解される事を諦めた愛のフォルムを今も語っているのだ。


/透明すぎる水は/
/夏の記憶に似ている/


気がつくと僕の影は無数の水銀月灯に分解していた。

夏の記憶と同様にクリアだけれど遠い水が、そこにある。

月の光が鋭角に響いた夜の千年は透明な水に夜闇の時間を刻み、零れた月灯の記憶の色は深さのわからない透明にゆっくりと溶けてゆく。

月の波紋が蒼に揺れる水面を僕は見つめる。

水の静かな動きは淀みにも見えたが、その透明な揺らぎに屈曲された夜の底は驚く程近く、水底に輪郭の鋭い夜の影が産まれ鮮やかに揺れた。


/月の仄かを呼吸する/
/その庭園を微かに揺らすのは/


夜を掴もうと水に伸ばす僕の手を、不意に音無く寄り添う月の老兵がそっと停める。


/水だ/


微かに口唇を動した月の逆光に揺れ霞む老人は、祖父に似た水の余韻を放っている気がした。


/透明すぎる水の色/
/水の余韻が鳴り響く/



/トケテ シマウ ヨ/








自由詩 水の庭園。 Copyright クスリ。 2007-09-14 11:58:48
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