不安定性突然変異
狩心
羽が生えた
獣の人は
鋭い牙と
鋭い爪で
社会の飢えを
飛んでいく
牙から滴る唾液と
爪から滴るドス黒い血液が
夜の街を歩く不眠の人の頬に
優しく触れて誘う
堅く閉ざされた建物の中へ
月の光も届かない
影もない
未来も過去もない場所
羽がバサバサと蠢く音が
冷たい壁に何度も反射する
不眠の人の目には赤い光
闇に適応した悲しみのスコープ
その万華鏡の中に現れた獣の人が
手を差し伸べて
死別した家族の面影を装う
もしくは別れた恋人の面影
もしくは会わなくなった親友の面影
暗闇を覗き込んだ時に映るもの
それは人によって違う
しかし人は皆
差し伸べられた手を取り
必ずそれと同化するのだ
獣の人の呻き声が
建物の中に響き
不眠の人は目覚める
堅く閉ざされた建物から出ると
あんなに賑やかだった夜の繁華街の喧騒は消え失せ
人気のない静かな朝焼けの街が現れる
少し湿り気を帯びた空気を吸うと
その街の歴史が血液を通り
脳を刺激する
社会の飢えを消化する為
唾液が流れ
自らの口元を触ると
鋭い牙が生え揃っている
鋭い爪で唇を傷付けてしまい
醜い顔をさらに醜くする
羽のない
獣の人は
沈黙の中を
自らの足で歩く
目はいつの間にか見えなくなり
臭覚と聴覚が発達する
自らの足音だけを頼りに
方向を決める
知らない街
夜の繁華街を通り過ぎる時
道端に倒れている不眠の人を見つけては
声を掛け
背中に背負う
死別した家族
別れた恋人
会わなくなった親友のように持て成し
一人で歩いていた時よりも
ゆっくりとしたペースで
次の街へと向かうのだ
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狩心 no まとめ 【 参 】