花埋み(石)
宮市菜央

 あたしは車を降りた。ここまであたしを連れてきてくれたあのひとも。あのひともあたしも、黙って川の流れに向かって歩き出した。
 川原には石が延々と転がっている。これが全部星なら、ああでも星は実際にもっといっぱいこの上で瞬いているんだ今も、今は昼だから見えないけれど、足元の石が全部瞬く星のように見えてふらりと足が緩んで、石の上にごろりと吸い込まれて寝転がった。
 薄曇りの空は真っ白でどこまでもつかみどころがなくて、遠く堤防に立ち並ぶ並木の稜線をぼんやりと追いかけるばかり。あのひとはまるであたしがどこにもいないみたいに背中を向けて、遠いところで何かを担いでいるみたい。あそこには何があるのかしら?あのひとのところへ歩いて行って何があるのか見てみたいけれどあたしが近づいたらあのひとはすぐにあたしの気配に気づいて動きを止めて何もしていなかったふりをしてすべてが壊れてしまう、そう知っていたから止めた。それがあのひととあたしの距離なのだ。
 あのひとはかつてはあたしと愛し合い、今は他の人と愛し合っている。彼は心を病むあたしを気遣って、そっと連れ出してくれた、あの人の立場を思うとそれはきっと胸の傷むことに違いなかったけれど、もう今こうして同じ時間と空間を共有している以上、そのことは絶対に何も言うまいと決めた。

 足元には平凡な石もあれば美しい模様の石もあった。ゆるりと起き上がってあたしは美しい石を拾い上げては胸に抱えて歩き続けた、まるで今が盛りの花束を抱えるように。そして抱え切れなくなってぽろぽろと石がこぼれ落ちはじめると、それを一度に足元に落とし、また拾い上げて、ひとつひとつ川面へ投げた。非力なあたしの腕から放たれる石は、ぼちょん、と実に間抜けな音を立てて川底へ沈んでいった。ついこの瞬間まであたしの手の中にあったのに、今はもう二度と拾い上げられない石。あたしの手を離れ、冷たい水の底で、永遠に流れに洗われ続けるあたしの石。清らかな水の中で、もっともっと美しく磨かれるといい。あたしはいったいいくつ石を投げたのだったか。これからじっとそこにあって、時に激流に押し流され、いつかどこかへ辿り着く、あたしの永遠の石。


散文(批評随筆小説等) 花埋み(石) Copyright 宮市菜央 2007-09-07 18:18:54
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