赤いうわばきとたいくかん
吉田ぐんじょう

老朽化の進んだ体育館は
二階に観客席が付いていて
死んだ蛾や蝉がたくさん落ちていた
わたしは
つま先の赤いうわばきで
それらの死骸を踏み砕き
空へ近づこうとするかのように
一人でそこへのぼることを好んだ

埃だらけの青い椅子を倒すと
座面にはファックとかラブとか相合傘とか
そういう文字が
釘で引っかいたような感じで
うすく刻まれている
わたしはかすかに頬を上気させ
そういう落書きをひとつずつ読んでいく

世界がおわってもあいしてる
ちょーらぶらぶ
二組のあいつぶっころす

その中にひとつだけ
捨てないで下さい
という落書きがあることを
わたしは知っている
わたしが刻んだわけではないが
何十年も前に卒業した
わたしのような子供が刻んだのだろう

捨てないで下さい

その文字は際立って達筆で
なんだか切羽詰って見える

わたしはうつむいて椅子に座る
昨日
橙色に染めた髪に
蜘蛛の巣が貼りついているのを
払おうともせず
日が落ちてしまうまで
ずっと座っている

放課後の体育館
わたしはどうしてもきちんと
たいいくかん
と言えずに
たいくかん
と言っていたけど

陸上部のスパイクが
校庭の土を蹴り上げる
ぽくぽく
という音が聞こえていた

時々
おもちゃのように小さいバスケットボールが
仕舞われることなく転がっていた

誰にも所有されていないのだから
捨てられることなんてあるはずないのに
捨てられる不安に怯えていた
あの頃からずっと


少し大人になったわたしは
パソコンに
落書きよりも下手な文章を打ちつける
その行為に何の意味があるのか知らずに

どうしようもなく不安になったときには
捨てないで下さい
と呟くことにしているが
わたしの声は空気をわずかに震わせるだけで
届くか届かないかわからない
誰に言っているのかもわからない

人差し指がこまかく震える

わたしはその人差し指で
そっとエンターキーを押す




自由詩 赤いうわばきとたいくかん Copyright 吉田ぐんじょう 2007-09-07 16:13:41
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