ATM
悠詩
吐き出して
吐き出して
郵便局の薄暗がりが頬を撫でる
自動ドアをくぐると
体内時計から螺子が一本
逃げていく
逃げていく
減速度に身を任せ
力を抜いて深呼吸
過呼吸になりそうな通帳
休めなかった時計が
無機的に数を唱えてあぷあぷしてる
慰めてくれるひとは
むつかしい顔をして
マダムと書類とを相手に格闘
眉間の皺に修正液塗りたいな
吐き出して
吐き出して
寂しく佇んでいるソファーが招く
体温を忘れそうになっている
たまには相手をしてくれって
背中を 手を 安心を預けると
深く深く包んでくれた
ちょっと前まで賑わっていたフロア
机にスチール棚に集配箱
少し気になっていたポスターの女の子
もう会えなくなった
挨拶も告げずにいなくなった
テレビに伝言託すなんて卑怯だよ
吐き出して
吐き出して
郵便物窓口の女性係員
赤い頬が初々しい
お客さんが来ない時には
フロアの気配りに夢を咲かせる
ポットを置きたいなんて思っていたりして
健気さに目を瞑る
時計が逆に回った
自動ドアの向こうに
ATMに群がる客の列
回転率に目が回る
ガラスを隔てた相対性理論
逃げ出した螺子を拾うのが億劫で
どうして螺子が逃げたのか不思議で
螺子がついていたことが不可思議で
いつはめたんだろうね
常に近道を示す腕時計
手紙を吐き出して
お金を吐き出して
係員を吐き出して
設備を吐き出して
接待を吐き出して
寄道を吐き出して
「どうぞ」
眉間の皺を消した係員の声
過呼吸になりそうな通帳
悟りを開いてとても眠たそう
ぼくは彼がしっかり休めるようにと
口を開いた
少しだけ
ニホンゴ話すことを思い出した
螺子を吐き出して
新しい通帳をもらうまで
もう少しソファーと溶けていよう
たまには寄道も悪くない
郵便局から届いた手紙に
返事出さなきゃね
拝啓 地方郵便局さま
拝啓 地方郵便局さま