【小説】影市場
なかがわひろか
あちこちの地面に張り付いた影たちが一斉に声を張り上げる。
「細身の影はこっちだよ。ちょいと太めのあんさんも、きれいなシルエットに写してあげるよ。」
「おちびちゃんはこっちへおいで、背高のっぽはこっちだよ。」
ここにはいろいろな理由で影を失った人たちが、新しい影を求めてやってくる。
借金の肩代わりに影を奪われた人。
気の狂った愛人に影を殺された人。
中には影踏みのしすぎで、影を踏み殺された子どももいる。
なんらかの形で影を失った人もいれば、同じような理由で宿主を失った影もいる。
そんな両方の需要を満たすために、この影市場は作られた。
お互いが気に入った者同士、しばらくの仮契約を結び、その後双方の合意の元に、新たに宿主と影として連れ添っていくことになる。
影の検査は徹底される。
殺人事件で追われている犯人の影や、死期の近い宿主に宿っていた影はリストから排除される。
そういった影たちは後々問題を起こしやすい。
影は宿主がいなければ動くこともできない。
それ故にどうしても宿主側に重点が置かれた市場となる。
宿主がやってきたら、影たちは一斉に声を張り上げ、自分たちを売りに出す。
特に自分の年齢に近い宿主候補が来た場合は限界まで声を出す。
統計から見れば40代半ばの影が多い。
人は40代半ばになって、いろいろと訳ありの事態に遭遇することがあるようだ。
もっとも多い影は宿主だけが自殺に成功し、死に損なった影たちだ。
彼らは寿命を迎えるまでまだまだ時間があるし、老いぼれるにも早い。40代半ばの宿主候補がやってきたときは、我先にと皆が声を張り上げるので、耳を覆わずにはいられなくなる。
何も知らない宿主候補たちは当然の様に自分よりも若い影を選ぶ傾向にある。
ただし、ここでは宿主と影の年齢差は5歳までとされている。
若い影ばかりが売れて、年寄りの影が残ると、在庫過多になり市場が崩壊する畏れがあるからだ。
宿主候補の年齢は徹底的に審査官によって調査される。
もし年齢詐称がばれてしまった場合は、その宿主候補は一生影を持たない人生を送らなければならなくなる。
影を持たない人生は、それはとてつもなく憂鬱な人生だと言える。
年齢の審査が終わると、後は自由に影を選ぶことができる。
話してみて自分と趣味があったりすると一度仮契約ということで一週間ほど共同生活をする。
そこでさらに相性が合った場合は、そのまま本契約という流れになる。
料金はその際に発生して、支払いは宿主側8割、影側が2割の負担という計算になっている。
先ほど42歳の宿主候補が市場に入ってきた。
市場にマイクでそのことが告げられる。
37歳から47歳エリアの影たちが急に大声を張り上げ出す。
今夜の市場も大盛況のようだ。