彫刻
プテラノドン

 彫刻家であると同時に、優秀な墓石職人でもあったミロは
首だけの友人に言った。―墓の無い墓もあると。
一方で、友人は相方である胴体の到着を待ち続けていた…切り離された
胴体は雑踏の中をふらふらとさ迷い歩き、類を呼び、およそ世界とは
無関係な女のもとを泊まり歩いた。女たちは引き止める腕と引き替えに
男の首元からぶら下がるロケットの中に、大衆雑誌の切抜きやら
アルバムに埋もれた化石のごとき写真の数々、過ぎ去りし者の顔写真を
入れることで、なけなしの安泰を手にした。あるいは、
そのなかの一枚の写真に思い当るふしがないだろうか。机の引き出しか、
写真立てか、封じこめられながらも、そこで出番を待っている
生きながらにしてオサラバした面々。想像可能な人物の所在について。
 生きていくために諦めが肝心とはよく言ったものだが、生きることに
意味はないと、さも物憂さそうに酒瓶をグラスに傾け一気に飲み干す
なんて陳腐な事故憐憫を装うことこそ、啓蒙主義者たちの饗宴において
格好のつまみになることは請け合いで、楽しかった頃の思い出話なんて、
金輪際口になんかしてはいけない。今日を最後に。しかし、
私たちは今夜もあらゆるやり方で明かりを消すだろう。
バスルームは、キッチンは、君の部屋の明かりは―なんて、すべてが
眠るためとはいえ、消すために電球を新調する事は馬鹿げている。
それというのも、一つの明かりを消すだけでは事足りなくなった
自分のせいではあるが、闇に慣れ親しんだおかげで、
墓が見えない。




自由詩 彫刻 Copyright プテラノドン 2007-08-30 02:13:33
notebook Home 戻る